The another adventure of FRONTIERPUB 2

Contributor/哲学さん
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 とても……静かな朝。灰色の霧がここ倫敦(ロンドン)の街をぼやけさせ、神秘性を醸し出している。
 曖昧なこの灰色の空気の下に時は緩やかに流れていく。
 そんな街の片隅に……一軒の酒場がある。
 この霧の街に相応しい閑静な酒場で……
「客が来ない〜〜!!!」
 だんだんだん!!!!
 地団駄踏む赤髪の少女が居た。その赤い髪に負けないくらいの強い生命力に満ちた力をその身に宿し燃える猛るような烈火の如く彼女は誰ともなく叫び続ける。
「まあまあ……いつもの事じゃないか、落ち着けよテムズ」
 カウンターの向こう側で静かに男性が言う。こちらは若さの割にすっかり老成してしまった感の強い、落ち着いた感じの男だった。少女が燃え猛る烈火ならば、彼は染み渡る青き流水だ。どこか捕らえ所のない顔で静かにグラスを磨いている。
ドス……
 と、男性の横に何か長い物が突き刺さる。
ビィィン
 と、長いモノが揺れる音がする。恐る恐る振り返るとそこには壁に突き刺さったモップの姿があった。
――この壁は……確かコンクリートだよな――
 男は戦慄と共にそんなことを考える。
「だ・れ・の・せいだと思ってるのよ!!」
 いつの間にか間近に来ていた少女……テムズは"切り裂きジャック"よりも細切れに人を殺せそうな顔で彼を凝視する。鼻と鼻がぶつかるぐらいの距離からの睨みに男は思わず後ずさる。
「おいおい、今更そんなどーでもいいことを」
「何言ってるのよ!! この宿はおとーさんの前の代から続く由緒正しい店なのよ!! だいたい客来なかったら潰れるじゃない!!」
 彼の鼻に指を突き付け彼女はなおも詰め寄る。身長差のためか彼女が見上げる形になるが、それは喉元に剣を突き付ける勇者のように鋭い。
「いや、俺とサリーがいるじゃないか」
 弁明する罪人。だが、勇者はなおも詰め寄る――
「金払って無いじゃない!」
「うっ」
「うっ……じゃない!!」
 だんっ! とカウンターに右腕を叩き付ける少女。思わず男性――ウェッソンはこの紅いジャンヌ・ダルクにうち倒される自分を夢想した。
「だいたいこの前ここで銃撃事件を起こした原因は誰だと思ってるのよ?」
「えーとほら? だからこうして店を手伝ってるじゃないか」
 彼は丹念に磨いたグラスをちらりと見せる。
 だが、彼女はそれには全く目もくれない。
「手伝ってる? そうやってあんた同じグラスを3時間も磨いてたじゃない!!」
「いやいや、分からないかな……このグラス磨きの奥ゆかしさが……君もまだ若いねぇ」
「分かりたくもないわよ!」
 彼女はそう言ってモップを軽々と引き抜き、カウンターからでていく。
「あーもーそのせいで客足は遠のくしぃぃぃ」
 床がぶち破れそうな勢いでガシカシモップを床にこすりつけるテムズ。
客が来ないのは前から……
「なんか言った!?」
「イイエ何でもないデス……」
 そう言って彼はまた同じグラスを磨き始めた。
「分かればよろしい」
 が、そんなことに気付かずまたテムズはモップで床を拭く。今度は無理のない力でスムーズに。
 しばらく静かな時間が流れる。
どんっ!
 と、唐突に酒場の扉が荒々しく開く。
「あ、いらっしゃまいませ〜〜」
 すかさず輝かんばかりの笑顔を振りまきテムズは入り口を見る。そこには溢れんばかりの髭を蓄えたむさいオジサマ達六名の姿が……。
「静かにしなねぇちゃん」
 チャッと彼女の鼻先に黒光りのする筒の先が当てられた。
「……」
 彼女は黙って背後にいるウェッソンを振り返る。彼は従順な犬のように両手をあげていた。
「強盗様七名入りマース」
 と、軽薄に彼は言った。
「あほぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「静かにしろって言ってんだろが!!」
 彼女の絶叫が倫敦の霧の奥へと消えていった。ここはフロンティア・パブ――常に騒動と共にある場所。
「いやぁぁぁぁぁああああ!!」
「黙れって言ってるだろうがぁぁぁぁ!!」
 しかしその叫びも露となり消えていくのであった。

Lesson1 How to polish up glasses


 レコードから流れるクラシックが店内の静けさに彩りを加える。
 その細やかな曲を聴きながらウェッソンはグラスを磨いていた。ふと、その手を止め音楽に聴き入る。
「ん〜まーべらす」
「あほか!!」
 小声でテムズは訴えた。酒場の入り口には見張りが2人立っており、一人が外、もう一人がこちらを見ている。そして、4人の男達が酒盛りを始めていた。
「まあまあ、ウチに危害加えに来たわけではないし――」
 どうやら彼等はここに強盗しに来たわけではないらしい。
「ただ、警察からの籠城用の砦にしたいだけだとさっき素敵な髭のオジサマがいってただろう?」
「今呑んでる酒代はどうなるのよ!!」
 胸ぐらを掴み、鬼気迫る表情で彼女は言う。
「――払ってくれるんではないかと」
「鉛弾貰うのがオチでしょうが!」
「上手い事言うねぇ」
「んなこといってる場合かっ!!」
「おい、ねぇちゃん酒がたりねぇぞ〜〜!!」
「は〜い、今行きマース」
 すかさず営業スマイルに戻るテムズ。だが、そのこめかみの血管は今にも爆発しそうだった。
――彼女なら素手で彼等を倒せそうなモノだが――
 何となくそう思いながらウェッソンは再びグラス磨きに専念した。



「あの〜お客様〜」
 抑えきれない衝動にかられ、テムズは笑いながら問いかける。もっとも、彼女の中では抑えておかないとやばい衝動で一杯なのだが。
「あん?」
 ギロリとドワーフのような猛烈な髭男が瓶を片手に睨む。
――その酒は高いのよ!!そんな粗雑に扱うな!!――
 心の葛藤はともかくとして彼女は聞いた。
「お支払いのご予定は?」
「んだと!!」
 大男は瓶をテーブルに叩き付ける。幸いにそれは割れなかった。
「この女!」
 彼女は一瞬、銃撃を覚悟した。
「――俺がそんな穴の小さい男にみえるか? ほらよ!」
ジャァァ
 どさりと机の上に革袋が叩き付けられる。机の上に革袋からあふれ出た女王陛下の横顔達がこぼれる。
「がっはっはっ取っときな!」
――ビバ・酔っぱらい U\(●~▽~●)Уイェーイ!――
「有り難うございます!!」
 すぐさまこぼれた金貨を拾い集めてウェッソンの所に走っていくテムズ。
「――っ!! ――っ!! ――――っっ!!!」
 彼女は革袋片手にパクパクと口を動かす。
「……ああ、そんなに嬉しいのか?」
 コクコクと彼女は首を縦に振る。言葉も忘れたらしい。
「おーい酒〜」
「は〜〜い ヘ(^o^)ノ」
 彼女はステップと共に酒を持っていった。
 取り残された革袋をウェッソンはカウンターの中に置いた。
「……これは」
 彼はその中の一枚を手に取りよく見る。
ずざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
 と、唐突にテムズが走って戻ってきた。
「なぁぁぁにぃぃぃぃ? 一枚ともあげないわよぉぉぉぉぉぉ」
 底冷えのする殺気と共に彼女は言う。
 あまりの剣幕――彼女のお気に入りの服にコーヒーをこぼした時と同じくらい――に彼は後ずさる。
「い、いゃぁ――ただ……」
「ただ?」
「金貨って……こんな形をしていたんだ……って」
「なーんだ」
 さっと笑顔に戻って彼女は次の酒をトレイに載せていく。
「ほっ……」
 彼はそう言って安堵の息をもらし、革袋に入れた。
「あ、一つでもくすねたらドーバー海峡に消えて貰うから」
 笑顔で彼女は言った。
「……イエッサ」
 ただウェッソンは言い返すのみ。
 そうして、彼は再びグラスを磨き始めた。
「……やれやれ……厄介なモンだな」
 そう言って彼は見張りの方に目をやった。そこにあるのはただのグラス磨きの目ではなかった。



「おい、お前? 何処に行くつもりだ?」
 カウンターから出てきたウェッソンを不審に思い、見張りが声をかける。
「いやいや、グラスも磨いたし自分の部屋でタバコでも吸おうかと」
 飄々と彼は応える。
「ダメだ。すうんならここで吸いな」
 銃を突き付け見張りは言った。
「へいへい、分かりましたよ」
 そう言って彼は懐からマッチを取り出し、パイプに火をつける。
「け、ジジクサイもん使ってやがるな」
 そう言って見張りは懐から葉巻を取り出しくわえた。そしてジッポを取り出すが、一向に火がつかない。
「……ち、ダメだ」
 その見張りを見て「フロンティア・パブ」の刻印の入ったジッポをすかさずウェッソンは火をつけて出す。
「気が利くじゃねぇか」
「いえいえ」
 そう言ってジッポを更に前に出そうと歩を進めたウェッソンはつんのめる。
「おっとっとっ……あっ」
 ジッポは彼の手を離れ、宙を舞う。その先にあるのは……酒盛りをする男達。
 瞬間……ウェッソンは誰よりも速かった。
 彼の手はカウンターに隠れて見えていなかった腰のウェブリーを抜き放ち、一瞬にして火を噴く。
ドゥゥン
 銃声と共に酒盛りをしていた男達の瓶が弾け飛び、そこにジッポが来る。
ぼぉぉぉぉぉ!!!
「ぐぁぁぁぁぁ」
 一瞬にして4人の男達は燃え上がり床をのたうち回る。ジッポはまだゆっくりと宙を舞っている。
「てめぇ!」
ドゥゥン
 外を見ていた見張りが銃を構えるより早くウェッソンのウェブリーは男の拳銃を吹き飛ばす。
 緩やかにジッポは回転し、地面へと向かう。
ジャキッ
 次の瞬間ウェッソンのウェブリーMkV1と最後に残った見張りの銃が互いの額に突き付けられる。
「Got it!」
カンッ
 軽い音と共にジッポは地面を跳ね、蓋が閉まり火を収めた。
 全ては一瞬――ほんの一瞬の出来事だった。
「貴様こんな事をしてただで――」
「おっと……そんな下手な演技はいい」
 彼は畳みかけようとした見張りに向かって言う。
「お前さんだけ俺を見ていた。お前さんはアイツラの仲間じゃないんだろ? ホントの狙いはここで籠城する事じゃなくて俺が狙いなんだろ?」
 そう言うと見張りはニヤリと笑った。もう一人の銃を飛ばされた男は驚き彼を見る。
「ブラウニングの血は途絶えていなかったか」
「よせ、そんな話に用はない」
 ウェッソンは静かに男の言葉を制す。
「お前達はこれから警察に行くんだ。余計なことは要らないし、そんな話は聞きたくもない」
「……ずいぶんと大人しくなったモンだな」
 男の言葉にウェブリーが強く見張りの男の額に押しつけられる。
「俺とそんなに早撃ちをしたいのか?」
「……俺だってただのガンマンじゃない」
 その言葉を最後に二人はにらみ合う。この緊迫した二人の世界には誰も踏み入れられない。徐々に二人の緊張は高まり……。
パタンっ
 唐突に二回の扉が開かれた。
「今の銃声は何〜〜?」
 ――瞬間その声を合図に二人は飛び退き、距離を取る。そして互いに銃を――。
「えーいじれったい!!!」
バキッ
 横合いから飛んできた紅い影の跳び蹴りによって見張りの男は吹き飛ばされた。そして着地と同時にその紅い悪魔は銃を失っているもう一人の見張りにハイキックをお見舞いした。
――えげつない……二人とも顎砕かれたんじゃないのか?――
 ウェッソンは不幸な男達に僅かに同情した。
「……白に……ピンクのリボン」
どさっ
 見張りはハイキックで吹っ飛ばされながら僅かにそう言った。だが、その一言は新たなる地獄への入り口だった。
「あほかぁぁぁあ」
 倒れた男に真っ赤な悪魔――テムズは顔まで真っ赤にしながら容赦なく男の腹を何度も何度も踏んだ。
「おいやめろって! もう気絶してるって!」
「止めるなぁぁ!! こんな奴ドーバー海峡にしずめてやるぅぅぅ!!」
 彼女は泣きながらなおも男を蹴り続ける。彼女の力は強く、ウェッソンは抑えきることが出来なかった。
 そんな騒ぎの中――。
「ほへっ?」
 金髪の眼鏡をかけた少女があくびをかみしめながら言う。寝起きらしくパジャマにカーデガンを羽織っただけの姿だ。
 彼女は辺りを見回す。黒くなって倒れている4人の男――先程の銃声――首が恐い方向に曲がっている男――腹を死ぬほど蹴られる男――そしていつもの二人。彼女は素早く理解した。
「事件ですぅ〜〜!!!」
 その手には異空間から現れた虫眼鏡が握られている。
「やった〜ようやく私の名探偵ぶりが発揮されるときが来たんですね! 見てて母さん! 立派に事件を解決してみせるわ!」
『とっくに終わってるよ』
 意気込む少女――サリーにウェッソンとテムズは同時に突っ込む。
「あれ?」
 サリーは不思議そう首を傾げる。
「そうなの?」
「ああそうよ」
 テムズはようやく落ち着いて――まだ目元に涙は残っていたが――応える。
「よし、さっさと取り押さえましょう」
 テムズは手を叩きながら言う。
「サリーはまだ傷が治っていないんでしょ?寝てていいわよ」
「アー事件がぁぁぁ……」
「って聞いてないか……。しかし、何でいつもこんな騒動に巻き込まれるんだか」
 ドアに話しかけるサリーを見てテムズは溜息をした。
「でも金も入ったしこれぐらいの騒動はいいかしら」
 テムズは嘆息して言う。
「あ、そのことなんだけど……」
 ウェッソンがすまなそうに言う。
「ん? 何? おごってあげないわよ」
「いや、あの金貨使えないぞ」
 その言葉を聞いた瞬間、テムズは風より早くカウンターに駆け寄った。そして金貨を手に取る。
「あ……あ……」
 彼女は驚愕し、言葉を失う。後で力無くウェッソンはため息をついた。
「女王陛下がニヒルな笑顔浮かべてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 テムズは驚きの余り言葉を失い、片膝を突く。そう、彼等は銀行強盗ではなく、金貨偽造業者で警察から逃亡中だったのだ。
「……でも、報奨金貰えると思うけど」
 サリーはボソッという。
「それよ!! 今すぐ馬車で警察に行くわよ!!! ウェッソンはこいつらを縄でしばっといてね!!」
 そう言ってテムズは店を飛び出した。




『――こうして、「ナイスガイだよ女王様事件」は幕を閉じた。しかし、私は思う。人間の過去というモノはいつもどこからか現れて人に……』
「何書いてんのよ(怒)」
ぽかっ
「あいてっ」
 私――名探偵サリーは事件の記録を中断し、店主――テムズに向き直る。
「さっさと昨日燃えたトコとか直すのよ! ウェッソン! グラス磨いてないで客呼んで! あの髭ダルマ共金一封なんて関係ないくらい飲んでたのよ!!
 客呼んでさっさと昨日の赤字を取り戻するのよ〜〜!!」
 彼女はモップを天に掲げて叫ぶ。
 私は嘆息した。いつになったら私の名探偵ぶりが発揮される事件が起こるのだろうと。
 ――取り敢えずあんな通りの向こうにまで聞こえる大声で叫ぶ給仕がいる限りこの店に来客がないのは確かだろう。
 私は――今ただこうやってグラスを磨くのみだ。


○月×日
サリサタ=ノンテュライトここに記す

「ってあんたもグラス磨いてどうするぅぅぅはたらけぇぇぇぇ!!」
「ごめんなさいですぅ〜〜」

おしまい

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