The another adventure of FRONTIERPUB 18

Contributor/影冥さん
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ウェッソン・ブラウニングの心――銃の思い出――


「ここに、いるのね」
 彼女は目の前に建つ一軒の酒場を見上げた。
「フロンティア・パブ……ね。あなたにぴったりの名前じゃない」
 彼女はクスリと笑った。紅の引かれた唇がなまめかしく光る。
「だけど、この国は相応しくないわ。ねぇ、ウェッソン」
 彼女は捜し求めていた人物に語りかけていた。その瞳に光るものは――狂気。

 
「あ、いらっしゃいませ」
 店の中に入ってきた人物に、テムズが声をかけた。
 昼食時でもなく、仕事上がりの時間でもない――要は客が来るのが珍しい時間だ。
「ウェッソンはいるかしら?」
 テムズはその言葉に、入ってきた女性をしばし観察した。
 チャイニーズ系の顔立ち。艶のある美しい黒の長髪。背は高く、整った体つきをしている。そして、光を吸い込むような黒い瞳と血を啜ったかのような赤い唇。
「ウェッソンは出かけてますけど……ご用件は?」
 テムズの言葉に女性は悲しそうに目を伏せた。
「あの――」
「あら、ごめんなさい。そうね、これを彼に渡してもらえるかしら?」
 テムズが心配して声をかけると、女性は微笑んでみせて言った。だが、その笑顔はどこかぎこちない。
 差し出したのは装飾の施されたライフルサイズの銃の弾。
「はぁ」
「よろしくね」
 受け取ったテムズに、もう一度微笑みかけると――今度は自然なものだった――女性は止める隙もなく出て行った。
 後には、呆然と立つテムズだけが残された。
「なんだったのかしら?」
「どうかしたのか?」
 ライフルの弾を眺めながらやり取りを思い返していたテムズは、突然背後から聞こえた声に驚いて振り返った。
 ウェッソンがいる。
「驚かさないでよ」
「ん、ああ、すまん」
 ウェッソンが言いながら手に持った包みを差し出す。
「なに?」
「いつものだ」
 いつもの。鍛冶屋がウェッソンに託す、テムズへの贈り物だった。
「また? ウェッソン、たかってるんじゃないでしょうね」
 だが、その想いが届いたことはなかった。
「おいおい、誰がそんなことを――それ、どうしたんだ?」
 ウェッソンがテムズの手の中にあるライフルの弾を指差す。
「お客さんからのプレゼント」
「俺にか?」
 ウェッソンはライフルの弾を差し出すテムズから受け取り、その装飾を見た。次の瞬間、目付きが鋭くなり、ライフルの弾を握り締める。
「出かけてくる」
「え? ――ウェッソン、ちょっと待ちなさいよ!」
 テムズの静止の声に振り返らずに、ウェッソンは走った。左手にライフルの弾を握り、右手はホルスターの中の銃に添えられる。
「俺は過去からは逃れられないのか――」
 搾り出すように洩れるその声は、呪っているようであり、泣いているようでもあった。


「早く来なさい、ウェッソン」
 薄暗いその場所で、彼女は言った。
 懐から取り出した錠剤を数錠まとめて口に放り込む。彼女の命をつなぐ危険な薬。だが、薬で永らえた命は薬によって蝕まれていた。
「あなたに相応しいのは、あたしだけ――誰にも、渡したりはしないわ」
 囁きながら美しい装飾の施されたライフルの弾に口づけをし、ゆっくりと抱えたライフルに込める。
 彼女の声は、孤独な空間に吸い込まれていった。


 ウェッソンは港に立ち並ぶ倉庫の一つにたどり着いていた。
「ここか……」
 扉の前に置かれた一輪の真紅の薔薇を拾う。棘はすべて削ぎ落とされていた。
 扉を押し開け、薄暗い中に入る。
「来てくれたのね、ウェッソン」
 女の声が倉庫に響いた。反響して声の位置は特定できない。
「生きていたのか……サツキ」
「あなたこそ、憶えていてくれて嬉しいわ。ウェッソン」
 ウェッソンはサツキの姿を見つけようとするが、見つけることができないでいた。その声は、ときに近く、ときに遠い。
「忘れないと誓ったからな。――君の死体に」
「そう、あなたは私を殺せなかったわ。だから帰りましょう。あなたに相応しいのはここじゃないわ」
「……俺の居場所は俺が決める。たとえ君が生きていたとしても、だ」
 ウェッソンは血を吐くように言葉を吐いた。相手との行く末がわかるからこその、苦しみと悲しみ。
「立派になったのね、ウェッソン。だけどね、あなたの帰る場所が他にあるなら、あたしはそこを消すわよ」
「たとえおとなしく帰ると言っても、君はテムズを殺すだろうな」
「テムズっていうんだ、あの娘。大切にしてるのね。妬けるわ」
「家族、だからな。未来のことはわからない。だけど、いまはそうだ」
 ウェッソンの耳にすすり泣く声が聞こえた。 
「……私を愛してくれたウェッソンはもういないのね」
「ああ、そうだ。だから――」
「それなら、あなたを殺すわ。あなたは私だけのもの」
 ウェッソンは寒気を感じた。殺気だ。
「そこまで想われたら、男冥利に尽きるな」
 ウェッソンが軽口を叩くが、それに対する返事はない。相手は必殺の機会を狙っている。
 ウェッソンは右手をホルスターに添えながら五感を澄ました。全身の神経で一瞬の隙を探す。
 カタッ
 その音に、振り向き様に銃を抜き、銃弾を放っていた。相手を視認する暇などない。
 銃の反動から一拍遅れて、視界がぶれる。銃弾本体はかすっただけだが、それに伴う衝撃が脳を揺さぶる。それでもさらに三発撃つ。そこから先は態勢が崩れた。
 ウェッソンは倒れこみながら信じられないものを見ていた。
 銃を捨て、何かを迎えるように両腕を広げるサツキ。その胸に、銃弾が吸い込まれる。
「何故――」
 ウェッソンは銃弾の衝撃で意識の飛ぶ中、確かに見た。聖母の如き慈愛の微笑を浮かべるサツキの姿を。


「本当はね」
 彼女はかすれた声で言った。肺がその機能を停止しつつあるのがわかる。
「あなたが私を忘れていなかっただけで十分だった」
 涙のせいか前が見えない。瞼を閉じていないのに目の前が暗い。
「あなたに殺してもらいたかった」
 寒い。言葉が震えるのを止めることができない。
「前は失敗だったから、今度こそは」
 耳鳴りがする。自分の声すらもまともに聞こえない。
「どうして、時間は進むのかしらね。昔のままなら良かったのに」
 体の自由が利かない。薬の力で動いていた筋肉が縮み、体中が痙攣する。
「ウェッ…ソ……ン――」
 自分でも、何を言おうとしたかわからないままに――事切れた。


 帰ってきたウェッソンに文句の一つでも言ってやろうとしていたテムズだったが、部屋に帰る彼を黙って見送った。顔の半分を染める血の跡のせいでもあった。顔色が真っ青だったせいでもあった。だが、それらよりも――一筋の涙の跡がそうさせた。 

END

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