The another adventure of FRONTIERPUB 17

Contributor/影冥さん
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サリサタ・ノンテュライトの華麗なる経営


 サリーはお土産のエクレアの入った箱を片手に、夕暮れ時の家路を急いでいた。
 事件を探すついでに寄った老爺の家に、ついつい長居しすぎた。
「ただいまぁ〜ですぅ」
 サリーは店の中に勢いよく飛び込んだ。――だが、そこは明かりさえ灯されていなかった。
「あれ?」
 薄暗くなった店内には人の影はない。
「テムズさんってば、どこに行ったんでしょう?」
 首を傾げながら明かりをつけると、それが見えた。
 床に広がる赤黒い染み。渇いたそれは間違いなく血痕だ。
「……事件ですぅ」
 見慣れないものに思考が止まっていたサリーだが、無意識の内に言葉が口を出た。そして、その自分の言葉で思考が復活する。
「事件に違いありませぇん!」
 両手を振り上げ――ようとして、エクレアの入った箱を思い出し、そばのテーブルに置く。それから改めて両手を天井に向かって突き出した。
「やぁってやるぜー! ですぅー!」
「サリサタ・ノンテュライトさん」
 サリーは両手を振り上げた姿勢のまま、自分を呼ぶ声に振り向いた。
 そこには、美しい金髪を束ねた冷たい美貌を持つ看護婦が立っていた。
「あ、どもですぅ」
 サリーは頬を赤らめながら両手を下ろした。その看護婦はよく世話になる病院の看護婦だった。名前は、確かセリーヌだ。
「あのぉ、何の御用でしょう?」
「ウェッソン・ブラウニングさんから伝言を頼まれました」
「伝言? ウェッソンは病院にいるんですかぁ?」
「はい。入院したテムズ・コーンウォルさんの付き添いです」
「入院?」
 セリーヌはそれ以上サリーの質問には答えずに、伝言を口にした。
「詳しい話は後でするから余計なことはしないように。以上です」
 セリーヌの淡々とした調子に呑まれていたサリーだが、伝言を聞くと不満の声を漏らした。
「え〜」
「伝言は伝えましたので、私はこれで失礼します」
 セリーヌは店を出て行こうとしたが、立ち止まって付け加えた。
「面会時間は過ぎていますので、病院に来ても面会はできません」
 セリーヌの言葉にサリーは不満の声を漏らした。
「え〜」
「では、失礼します」
 セリーヌが帰ってしまったことにより、再びサリーが一人になった。店の隅にはいつものようにウサギがいるが眠っている。
 何をするでもなく、店の中をうろうろする。
「おい、嬢ちゃん。この店は開いてないのか?」
 店の中を回ること3周。客が来てしまった。
「人手が足りないんですぅ〜」
 客は二人組みの男たちだった。アジア人と金髪の巻き毛の優男。二人とも船乗りらしい姿をしている。
 泣きついてくるサリーを見た途端、ちょっとタンマのポーズをとってひそひそ話を始める。
「アニキ、あのときの女の子っスよ」
「ああ、俺もそう思っていたところだ。ここで働いていたんだな」
「困ってるみたいっスよ」
「困っている人を見捨てるのは船乗りの名折れ。手伝うぞ、テリー」
「アニキ、船乗りと人助けは関係あるんっスか?」
「馬鹿野郎。人助けは人間として当たり前のことだろうが」
「けど、アニキ、船乗りの名折れって――」
「人間として当たり前のこともできねえようなら船乗りを名乗る資格もねぇってことだよ」
「なるほど、さすがアニキっス」
「手伝うことに文句はねぇな?」
「もちろんっス。あっしは最初っから乗り気っスよ!」
「それでこそテリーだ!」
 二人はガシッと抱き合うとサリーを見た。サリーが一歩あとずさる。
「と、いうわけで、嬢ちゃん」
「は、はい〜?」
「人手が足りないのなら手伝ってやろう」
「ほ、本当ですかぁ?」
「おう。まかせろ!」
「大船に乗ったつもりで任せるっスよ!」
 アニキとテリーはそう言うと二人そろってドンと胸を叩いた。――その後に二人そろってむせた。
「……大丈夫でしょうかぁ?」
 ひくついた笑いをしながらサリーが呟いた。


 結果。大丈夫だった。
「アニキ! つまみセット三つ、大至急っス!」
「おう!」
 アニキとテリーは見事な連携で客をさばいていった。その動きも庶民のものではない。時に影となり、ときに風となって客の間を駆け抜ける。
「す、すごいですぅ……」
 サリーは店の隅でその様子を眺めているだけで十分だった。むしろ手の出しようがない。
「つまみセット、あがり!」
「へい!」
 アニキの料理の腕もさることながら、テリーの客の動きを読む目も凄かった。注文しようとする客の近くに常にいる。
「おいおいおい! この店じゃあ、虫を食わせてんのか!」
 突然、客の一人が立ち上がった。片手にはゴキブリの入った料理の皿。
「またあいつですぅ!」
 サリーはその客に見覚えがあった。前にもまったく同じ言いがかりをまったく同じ姿勢でまったく同じ調子でしたことがある。そのときはテムズの踵落しで床に沈んだ。
「知ってんのかい、嬢ちゃん?」
 サリーの様子に気が付いたアニキが訊いた。
「はい。前も同じようなことをしていましたあ」
「ふん、小悪党だな。よし、俺に任せな」
 アニキはそう請け負うとその客のほうに向かって行く。その様子に気付いたテリーがその客の周りのテーブルを寄せてスペースを作った。
「虫入りだと? 言いがかりは止してもらおうか!」
「だれだテメェ?」
「この店のモンだ。邪魔をするようなら叩きのめすぞ!」
「へっ、チャイニーズのサルのくせに言うじゃねぇか! 相手が見えてんのか!」
 男の言うとおり、対格差は歴然だ。アニキはがっしりとした体つきだが、相手はそれよりも一回りは大きい。
「図体がでかいだけの能無しのくせに言うじゃねえか!」
「それだけ言うんだ、覚悟はできているんだろうな!」
 周囲の客はいきなりの騒動に賭けを始めていた。賭けの元締めは――テリーだ。
「くらえ!」
 先制は客だ。身長差を利用した振り下ろすようなパンチ。
 攻撃はアニキの顔面に入った。
「どうしたチャイニーズ! もう終わりか?」
 他の客から野次が飛ぶ。
 だが、アニキはその場から一歩も動いていなかった。
 攻撃した客の顔が青ざめる。アニキは相手の攻撃にあわせて頭突きを放っていた。その一撃が客の指の骨を砕いたのだ。
「ガキの一撃のほうがまだ効くぜ?」
 相手の拳を顔面で受けたままアニキが一撃を放った。体をひねって攻撃姿勢のままの腕の横に回り、腹への一撃。
「ノック・アウトだ」
 アニキの言葉と共に、客が前のめりに倒れた。白目を剥いている。
「すげぇぞチャイニーズ!」
 観戦していた客が歓声を上げる。始めの内は、賭けに勝った少数のものだけだったが、それはやがてほぼすべての客から発せられた。


 閉店し、静けさに包まれる店内でサリーは頭を下げた。
「今日は助かりましたぁ」
「なに、いいってことよ」
「そうっス。当然のことをしたまでっスよ」
 てれたように笑うアニキとテリーだったが、やがてアニキがばつがわるそうに言った。
「あ〜、礼をしろというのは心苦しいんだけどよ」
「はい?」
「飯、食わせてくれねぇか? もともと俺たちゃ飯を食いに来たんだ」
「そうだったっス。思い出したら腹が減ってきたっス」
 二人の情けない様子に、サリーは笑いながら答えた。
「奢りですぅ、好きなだけ食べていってください!」


 次の日帰って来たウェッソンにより、サリーが店を切り盛りするのはその日が最初で最後だった。だが、賭けの分け前で店で最高の収益を上げたことを述べておこう。

END


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