And others 8

Contributor/影冥さん
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外伝 チカラアルモノ




 漆黒の毛皮に身を包んだウサギは、夢を見ていた。
 その夢には、見覚えのない姿で自分と同じ名をした者がいた。
 それは、黒ウサギが存在するきっかけとなった出来事。
 たった一度の、取り返しのつかない出来事――


 森の中を青年は足取り軽く歩いていた。艶やかな黒髪を背中に流し、藍色の瞳は柔らかな光に満ちている。大人と少年の、丁度中間といった雰囲気だ。
「やけに嬉しそうだけど、何かいいことでもあったの?」
 青年の傍らを歩く少女が声をかけた。赤毛に褐色の瞳。その身に纏う雰囲気は活発な印象を与える。
「はは。ようやく意見が通ってね。苦労した甲斐があったよ」
「意見って言うと、魔法少女の増員とか言ってた、アレ?」
「そう。こっち側の人員にもそれなりにめどが立ってきたからね。ようやく実現できるというわけだ」
「魔法の世界最強の魔法使いが現場で働いてるんだなんて、人手不足も頷けるわ」
 少女の言葉に、青年は苦笑しながら眼鏡の位置を直した。童顔の青年に、「これで少しは凛々しく見えるわよ」などと言って少女が贈った物だ。
「僕の場合は好きでやってることだけどね。……人手不足には違いないか。あ、それと、魔法の世界じゃなくて――」
「「マジカル☆ワールド!」」
 訂正しようとする青年の声と、それを待ち受けていた少女の声が重なった。二人そろって笑う。 
「――ここにも現れたか」
 不意に、青年が表情を厳しいものへと変えた。『敵』の存在を感じ取っていた。
「どこ?」
 青年は一本の木の根元を指差した。魔法特有の感覚が、そこに歪みを見出す。
「どっちで戦えばいい?」
「この状態だと……向こうに行ったほうがいいな」
「おっけえ」
 少女はペンダントのように首からかけられた銀色の指輪を握って頷いた。
「準備はいいな? 門を開くぞ」
 青年の言葉に応じるように、目の前の地面に穴が開いた。二人は慣れた様子で穴に飛び込んだ。


「『殺意』か……。厄介なのが出てきたな」
 標的を見て、青年は言った。その瞳は青紫色に変じていた。
 標的の姿は、中肉中背のごく普通の中年男にしか見えない。だが、その目付きや常に発される冷気にも似た殺気は、平凡な人間ではないことを示していた。
「ようやく外に出られると思ったが、どうやら邪魔が入ったようだな」
 『殺意』はそう言ってから、まるで息継ぎをするかのように付け加えた。「死ね」と。
 一息つく間もなく、『殺意』が動いた。1歩ごとに距離が縮まるにつれて、その爪が鋭く、禍々しいものに変じていく。
「力の証よ、その姿を示せ!」
 少女もまた、『殺意』に向けて走り出した。その手の中にあった銀色の指輪は、白銀の輝きを持つレイピアに変化していた。
 鋼と同等の質感に変わった右爪と、レイピアの刃が打ち合わされた。鋭い金属音が周囲に響く。
「真紅の獣よ!」
 少女を切り裂こうとした『殺意』の左爪が、地面から突き出た紅の槍によって弾かれた。
 一瞬の攻防の後、『殺意』の左腕が内側から爆ぜた。その隙をつこうとする少女よりも速く、『殺意』が間合いをとる。
「……そうか貴様が『力ある者を統べる王』か。同時に三つの魔法を使うとはな、さすがと言わせてもらおう」
 『殺意』はちぎれた左腕に関心を示さずにそれだけを言った。肘より下を失った腕は、血を流すこともない。
「僕の名はフォートル。それ以上でも、それ以下でもない」
 フォートルの名を持つ青年は厳しい目つきのまま言った。
「フォートル。無茶はしないで。あなたが魔法を使わないために、私がいるのよ」
 少女が言った。会話が交わされながらも、『殺意』から気を逸らす素振りはない。
「『殺意』はそんなに甘い相手じゃないよ。場合によっては僕も全力で戦う」
 フォートルの瞳が徐々に赤く染まりつつあった。それに伴って、空気が、重く、張り詰めていく。
 その場にいるものは、例外なく恐怖を感じていた。味方である少女も、一方的に恐怖を与える存在であるはずの『殺意』も――そして、その光景を、夢に見るだけであるはずの黒いウサギでさえも。
「フォートル。怒るわよ」
 恐怖を打ち破ったのは少女だった。震えようとする体――いや、魂を押さえつけ、虚勢だけではない怒りを口にする。
「自分から僕は怠け者だからなんて言っておいて、いまさら全力で戦う? ふざけるんじゃないわよ!」
「それは――」
「黙って! 戦うのは私の仕事でしょ? あなたはいつもどおりにテキトーに応援でもしていなさい!」
 少女は青年が怠ける理由を知っていた。青年も、少女がその理由を知っていることを知っていた。それは、マジカル☆ワールドに存在するすべてのものに共通する法則。
『マジカル☆ワールドに生きるものは、魔法を使うためには、相応の代償を払わねばならない』
 些細な魔法ならば、一時的な疲労程度で済むが、強力な魔法は使った者の存在さえも危うくする。例えば、最強の魔法使いが全力で魔法を使ったときなどは――
 代償を伴わずに強力な魔法を使うには、二つの抜け道がある。
 一つは自身の存在を法則から解放すること。自我を希薄にすることによって、法則下の存在であることも希薄にする方法などがある。ただし、性格が軽く見られる場合が多い。
 そして、もう一つは、人間との間に魂の絆を作り、その人間に力を貸し与える方法だ。絆を作る適性は、不思議と10代の少女に多い。
「こんな奴は私がさっさと片付けてあげるわっ!」
 少女が踏み込んだ。その行動に、『殺意』の表情が笑みに歪む。
「待てッ! テムズっ――」


 眠りに落ちている黒ウサギの意識が震えた。目が覚めようとしている。先程の恐怖が原因か、それとも、自分と同じ名の者が叫んだ自分のよく知る名と同じ名を聞いたのが原因か――


 敵に向かって走る少女の足が、切り落とされた。
 地面に転がるだけだったはずの左腕が切り裂いた。
 倒れこむ少女の胸が貫かれた。
 残った右腕が貫いた。
 命を貫かれた少女の体が捨てられた。
 無造作に腕を振って、捨てた。
 瞳の色が赤く染まり、力が解き放たれた。


 黒ウサギは破滅を見つめていた。全てのモノが、あらゆるチカラを受け、塵すら残さずに崩壊する。
 ――ショウジョデスラモ、レイガイナク―― 


 フォートルと言う名を失った青年が、そこにいた。
「その仔たちは?」
 落ち着いた女性の声。
「僕の名前と、僕の心と、僕の力です」
 青年と、女性の視線の先には、三羽の黒ウサギがいた。
「フォートル……」
「僕はナニモノでもありません。唯の抜け殻です」
 青年は、笑った。
 ソレハ、ナニモナイ、ヌケガラノワライ――


 黒ウサギは目を覚ました。自分自身であった、青年を想う。
「我が名はフォートル。それ以上でも、それ以下でもない。永遠に、だ――」


 これは、名前に残った、夢のカケラの話――

END

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