And others 6

Contributor/哲学さん
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「こんにちわ〜」
 脳天気な声が酒場に響く。
「あら? アリサじゃないどうしたの?」
 酒場の入り口に立つ親友にテムズはモップ片手に言う。
「これから『実戦訓練』に仏蘭西(フランス)に行って来るから、挨拶だけでもと思ってね」
「え? 『実戦訓練』? 実習でもなく、実戦訓練?」
 引きつりながらテムズが言う。
「戦医に引きつられて実際の戦場に行って24時間耐久治療よ! 怪我人はアホ程居るからね」
「いや、……ガッツポーズされても」
「ま、ともかく行ってくるから。本場の仏蘭西(フランス)実習終えた後はまた巴里(パリ)で1週間休暇だもの! 給料も貰えるし!」
「まー、実習が終わればね……っていうか何の本場よ? 医療は独逸(ドイツ)でしょうが」
「ばかねぇ。仏蘭西は唯一常設で外人部隊持ってるのよ」
「……ああ、そう」
 ため息をつきながらテムズは親友を見た。
「それじゃねー」
「……いってらっしゃい」
「レッツゴー・マイ・パリ!!(ああ愛しのパリよー!)」
 上機嫌に親友は走っていく。
「……しかし。なんで完全武装なのかしら?」
 バズーカやランチャー、サブマシンガン等を背中にずっしりと抱えながら走っていく親友を見ながら
テムズはため息をついた。
 その歩みに迷いはない。
「……大分筋力上がったみたいね」
 そう言ってテムズはいつもの掃除に戻った。

番外編:救命陸戦部隊24時


 荒野に風がながれる。
 荒れ果てた大地に爆音が轟き、怒号と叫び声が所狭しと響く。
「諸君……今回の実習は文字通り命がけだ。諸君等には心してかかって貰いたい」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
 部隊長である戦医の声にずらりと並んだ看護婦達が答える。
「これより作戦行動に移る!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「我々の目的は怪我人の救助と治療! それ以上でもそれ以外でもない!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「ただし! いちいち中立地帯に怪我人に運ぶ暇など……」
『ありません! ドクター!』
「そう! だから我々がいる! その場で即治療! 即切開! 即手術! これが我々サバイバルドクターの鉄則! 君達は我等のサポートを全面的に頼む!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「よし、時計合わせ開始!」
 それぞれ部隊毎に別れて時計合わせをする。
「ふっふっふっ……この前の試験では不覚取ったけど今回はそうはいかないわよ」
「そうそう、実戦では負けないわ」
「ふふふふ……」
「えへへへ」
 不気味に笑う看護生達。
「そこ、私語は慎むように」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
 軍隊もかくやと言わんばかりの統制で看護婦見習達は返事を返す。
「よし! 全員集合!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「番号右から始め!」
「1!」
「2!」
「3!」
……
「よし! 全員居るようだな!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「よーし! 我々の目的は!?」
『怪我人の救助です!』
「怪我人が動けないときは!?」
『その場で治療です!』
「お触りは!?」

厳禁です!』

「よーし突撃ぃぃぃぃ!」
『おおぉぉおおおお!!!!』
 そして彼女達は駆け出した。


「……」
 ブロンドの美しい女性が迷彩服に包まれ一人荒野で待機していた。
「……」
 彼女は何も言わずただそこにいる。
――祖国に帰ってきてなんでこんなことしてるのかしら?――
 女性は心の中で自問自答する。
――まあいいわ。せっかくドクターに休暇を貰ったんだし――
 彼女は素早く引き金を引く。音もなく4つの銃弾がライフルより放たれて遠距離にいる敵をうち倒していく。
「……」
――オールクリア。目標は完全に殲滅。ミッション成功率100%――
 そう思い、立ち上がろうとした時、とっさに彼女は飛び退いた。
「良く避けたな」
「……」
――誰だったかしら?――
「組織を抜け出しておいて良くもぬけぬけと祖国に」
「……」
――ああ、あっちの関係か。くだらない。――
 何も言わないが心の中で彼女は答える。無口の彼女も心の中でだけは饒舌だ。
「遠距離支援型の貴様など接近戦にもちこめばこっちのもんよ」
「……」
――確かに。このままでは致死率は74%援軍が必要ね――
 冷静に彼女は相手を見る。
「ふん、相変わらずの鉄面皮だな。だが、直ぐにその顔をぐちゃぐちゃにしてやる」
「……」
――アリスは元気かしら? 孤児院の様子を見に行ったらしいけど――
 しかし、相変わらず彼女の表情は変わらなかった。
 遠くでは爆音が聞こえていた。


どぉぉぉぉん
 爆音が辺りに響く。
「先生! ティティが肩やられました! 意識レベル1です」
「今は患者の救助が最優先! つばでも付けとけ!」
「重傷です!」
「仕方ない! つれてこい!」
「このイギリス野郎、何で俺を助ける。お前等に助けられる位なら――」
 怪我人の敵兵が口を開く。
「我等が神の元へ――」
「気道確保!」
「確保ぉぉぉお!」
 医師の号令と共に問答無用で怪我人の口にホースが乱暴にツッコまれる。
「モゴガガガガ」
 暴れ出す兵士。
「よし! 水投与!」
「水投与!」
 強制的にのどの奥に水を詰め込まれ白目をむいて兵士は気絶する。
「よし! 治療完了! ティティは!?」
「こちらです!」
 アリサが同僚を抱えて走ってくる。
「ふむ、弾丸は貫通している。応急処置で何とかなる!」
 直ぐさま傷口を塞ぎ、包帯を巻く。
「時間は!?」
「2219時! 作戦終了まで後10時間!」
「ええいめんどくさい! こうなったら最終治療だ!」
「おおお!」
「英断ですドクター!」
 部隊の看護婦達が歓声を上げる。
「よし、アリサ。切り込みを頼む」
「イェス、アイアイ・ドク!!」
 敬礼し、アリサは応える。
――ふむ、今年は粒ぞろいだな――
 感心しながら戦医は他の部隊に招集をかける。
「諸君! いい加減この戦いは終わりそうにない!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「こうなったら最終治療を行う!敵軍を殲滅し、戦争という病気を治療する!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
 無茶苦茶な発言にも関わらず看護婦達はむしろ士気を挙げて応える。
「ただし我々は医師だ! 殺人は厳禁!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「ただしそれ以外の一切の行動を許す!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
「正義は我々にある!」
『イェス、アイアイ・ドク!!』
 そして戦医は右手を掲げ叫ぶ。
「よーし! 我々の目的は!?」
『怪我人の救助です!』
「怪我人が動けないときは!?」
『その場で治療です!』
「お触りは!?」

厳禁です!』

「よーし突撃ぃぃぃぃ!」
『おおぉぉおおおお!!!!』
 そして彼女達は駆け出した。


「……やれやれ、此処までしぶとい女だったとはな」
 そう言う男の前では傷を受けながらも完全な美を保ったまま女が立っている。
「……」
――避けるのもこれが限界かしら――
 彼女は冷静に分析する。
 と、その時怒号が聞こえてきた。
『おおおぉぉぉぉぉおおおおおおお』
「……あ、武装看護婦集団」
 ぽつりと彼女は呟く。
「ふん、やっと喋ったと思ったら……つくならもっとマシな嘘をつくんだな」
「……」
――じゃあ勝手にしなさい――
 それと共に男の背後に多数の気配が現れる。
「何!?」
 男が驚き振り向くと鈍器を抱えた看護婦達が突進してきていた。
「制裁!!!」
どっかーん
 先頭にいたアリサが「10トン」とかかれたハンマーを振り回し男をはじき飛ばす。
「大丈夫ですか!」
 直ぐさまアリサの同僚が戦場には似つかわしくない完全な美を兼ね備えた女性に駆けつける。
「…………心配ないわ」
「そうですか! では私達はこれで!」
 ぶっきらぼうな麗人の声に泥まみれの看護婦達は直ぐさま走り去っていく。
「A−23戦区の制圧完了!」
「第4部隊は次の地区へ向かいます!」
 なにやら叫びながら走っていく看護婦達を黙って彼女は見送った。
――……最近の看護婦は強いのね――
 なんとなく、いつもの平和な医院を思い出す。
「……」
――帰ろうかしら。もう少しゆっくりしていても良かったんだけど――
 そうして彼女は去っていく。
 こののち二時間後に戦いが終了したのを彼女は知る。
「アデュー。猛き看護婦達」


「ふー久しぶり〜」
 元気よく手を振りながらアリサがフロンティア・パブにやってくる。
「あ、久しぶり。どうだった実習は?」
「えー命の現場だもの。そりゃ大変よ。やつぱり人助けっていいねわよェ」
「はっはーそれはそれは凄まじい地獄絵図だったねぇ――僕の出番無くて寂しかったよ〜」
 ぽんっと隣に湧いて出たフランクを一撃で吹き飛ばしながらアリサは言う。
「――しばらく見ないうちに豪快になったわね」
 ため息をつきながらテムズは言った。
「でねでね! ゴッホの記念館行ってきたのよ! やっぱ巴里(パリ)はいいわよ!一度行ってみたら?」
「うーん、まぁ考えておくわ」
 鞄から訳の分からない土産品を出している親友を見ながらテムズは曖昧に応えた。


「……休暇はどうだったかね?」
 帰ってきてから一週間経って、ふとジェフリーは完璧な看護婦に聞いた。
「……何故今更?」
「いや、君がどんな休暇を取っているかと思ってね」
「休暇の間に傷を増やすような医師が何を言うんです」
 書類を素早く作成しながら冷静に看護婦は応える。
「まあ、それは耳が痛いが――」
「取り敢えず、意味のない休暇だったと思われます。やることがないと暇を持て余してしまうので」
「……そうか」
「……そうです」
 こうしていつもと変わらない日常は続く。


 と、ふと、胸元にある名札を彼女は見る。
 セリーヌとそこにはある。
 此処にいる自分の名前。
 今の自分の名前。
 あの厳格な祖父はどうしているだろうか?
 もしかしたら会いに行くべきだったかもしれない。
――果たしてその時が来たら――
 彼女はふと窓の外にある空を見る。
 その無表情のうちに秘められた想いは誰にも分からなかった。


おしまい


Continued there》
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