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Contributor/影冥さん
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《Pre story 1 [Themz]
《Pre story 2 [Herena]
《Pre story 3 [Arisa]
《Pre story 4 [Fortle]




受け継がれるもの





 のどかな陽の光が降り注ぐ中、いくつかの光の球が戯れるかのように飛んでいた。実際、その光の球は意思を持つ存在であり、今は遊びの真っ最中なのである。
「平和、ですなぁ」
 その光の球を見守る二匹のうちの一匹がしみじみと呟いた。マジカル☆キングダムで国政に深く携わるマジカル☆クリオネ、ネクタールである。
「最近は人間たちの心も大分穏やかになっていますからな。これも魔法少女たちの協力の賜物でしょう」
 もう一匹は大柄で灰色の毛皮を持つ犬――マジカル☆ワイマラナー――のアドルフ。彼は魔法少女たちとそのパートナーたちをバックアップするマジカル☆ガール・プロジェクトの総司令である。彼らは数少ない空いた時間を、とりとめの無い会話に費やすことを習慣としていた。
「ところで――」
 ネクタールが光の球――実体を持つにいたらない未成熟なマジカル☆ワールドの住人たちである――を眺めながら、自然を装いつつ口を開いた。
「『彼』に変化はありますか?」
「フォ――」
 ネクタールの言葉に答えかけたアドルフは、咳払い一つしてから言い直す。
「『彼』は今もあのままです。何も与えず、何も求めず、その力故に、終わるその時をただぼんやりと待ち続けている」
「そうですか……」
「私は――」
「え?」
「私は、今のままで良いのではないかと思っています」
「『彼』が目覚める必要はないと?」
「現状は魔法少女たちとの連携によって悪意を優位な立場で抑えています」
「ええ。だからこそ『彼』が目覚めれば、悪意を殲滅することも可能ではないのでしょうか?」
「……本当に、そうなのでしょうか?」
 アドルフは澄んだ空を見上げ、ヒゲを揺らした。
「悪意を殲滅することなどできない。私は、そう思います」
「……アドルフ殿、それは――」
「いえ、忘れてください。我々は我々の役割を果たすだけです」
 それっきり会話を打ち切ったアドルフに、ネクタールはひれをひらひらと揺らして明るい声をかけた。
「さて、そろそろ仕事に戻るとしませんかな? 呼びに来るまでのんびりしているというのも部下に悪いですからなぁ」
「そうですね。行きましょうか」
 アドルフが頷くと同時、
「アドルフ様ー! こちらにおいでですかー!」
 聞こえてきた声に、ネクタールとアドルフは思わず顔を見合わせた。





「状況は?」
 司令部に戻ったアドルフが副官に聞く。
「進入した悪意は1体。正体、目的共に不明です。迎撃もことごとく失敗しています」
「かなり強力な悪意のようだな。魔法少女の召喚は?」
「門が通過不能の状態になっており、魔法少女の協力は得られません」
「通過不能?」
「はい。悪意が門から進入してきたことが原因と思われます」
「門から!? よほどの力自慢のようだな」
 アドルフは指示を出すと、ふと顔をしかめた。だが、次の瞬間には表情を戻す。
「……迎撃部隊を城門に集結させろ。ヤツの狙いはおそらく城内にある」
「了解」
 指示を出すと、アドルフはきびすを返した。
「司令、どちらへ?」
「念のため、私も守りに出る。各部隊への指示は頼むぞ」
「――了解。お気をつけて」

 アドルフが目的地に着くと、悪意は程無くして現れた。その姿は闇の球のようでもあり、空間の歪みの様でもある。
「何故だろうな」
 アドルフが対峙した悪意に話しかける。
「貴様が『彼』を求めているのが判った。そして、貴様を一目見ようと思った」
「ギッギギッ」
 悪意は返事とも軋みとも取れる音を返した。
「意思を持つほど育っているわけでもないのにそれだけの力……なるほど、貴様の正体は――」
「ギ」
 アドルフの言葉を待たずして悪意が襲い掛かる。己の身に力をまとってぶつかる。ただそれだけの単純な、だが強力な攻撃。
「この先には通すわけにはいかん!」
 城から離れた位置にある地下牢への入り口で、壮絶な戦いが始まった。





 何度、その光景を繰り返しただろうか。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。 
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 赤毛の少女が貫かれ、捨てられる。
 狂うだけの人格などすでにない。『彼』はただその光景を繰り返し見るだけ。
 ふと、視界に黒いものが映る。だが、『彼』は何の反応も返すことはしない。
「ギッガッ――ナるほド――なるほど」
 黒いものは声を発した。
「妙に惹かれると思えば、これだけの存在だったとはね」
 黒いものは急速に進化していた。意思を持ち、言葉を持ち、その姿を人の姿へとかえる。
「こんにちは、力あるものを統べる王よ」
 悪意の言葉に『彼』は何も反応しない。その『彼』に、悪意は眉をひそめた。
「不思議だね。実際に存在しているのに何も無い、空っぽの――ん?」
 不意に、悪意が『彼』から視線を外した。いくつもの大きな力を感じる。それは、自分を滅ぼそうとするものだと悪意は悟った。
「残念、のんびりしてもいられないか。もう少し成長していきたいところだけど――」
 悪意は再び『彼』を見た。そうして、笑みを浮かべる。
「ああ、そうか。これを貰っていけばいいんだ」
 悪意は『彼』の頭を掴んだ。その手が、じわりと『彼』の中に溶け込んでいく。
「力あるものを統べる王よ、今から僕が君の中身になろう。僕は君の中に残っているたった一つのモノと同化しよう。それは、僕の源であり、空っぽの君を存在させ続けるモノ。それは『後悔』」





「ぐ」
「――オード! 大丈夫!?」
 突然胸を押さえ、蹲ったパートナーの背にヘレナは手を添えた。そして、とても強い熱を感じながらその顔を覗き込む。
「オード? ――涙? オード、どうしたの?」
「わ、わからない。突然、胸が締め付けられるような感じがして、無性に悲しくなって……」
 オードは深く深呼吸してから立ち上がった。それから、ヘレナに優しく微笑みかける。涙は乾いていた。
「もう大丈夫。心配かけてゴメン」
「ホントに大丈夫? 無理しちゃだめよ?」
「大丈夫。うん、ほら、もうなんともないよ」
 オードの様子を心配した様子で見ていたヘレナだったが、やがて「そう、大丈夫ならいいんだけど」と言って頷いた。オードも「大丈夫」と頷き返す。
「さ、ヘレナ。早いところ町に着かないとレストランが閉まってしまうよ」
「そうよね。急ぎましょ。せっかくの記念日なんだから、豪勢にいきたいものね」
 町を目指す二人は、向こうからやってくる人影に気がついた。旅をしていれば旅人とすれ違うことなど珍しくはないのだが、二人は違和感を感じて足を止めた。
「オード」
「うん。この感じは――」
「こんにちは」
 身構える二人に対し、その人影は立ち止まり、にっこりと笑いながら挨拶をした。黒髪に藍色の瞳、なんとなく似合わない眼鏡を掛けた、どこかオードに似た雰囲気のごく普通の青年だった。笑顔に邪気は無い。
「貴方、悪意ね?」
 ヘレナの詰問に、青年は「うーん」と頭をひねったが「まぁ、そうなるのかな」と頷いて見せた。
「キングダムから見れば、僕は悪意ということになるかな。正確には違うんだけどね」
「ヘレナ!」
「契約の元に、力よ疾く満ちよ!」
 戦闘準備は速やかに行われた。ヘレナの指輪は腕輪へと変化し、その背には空色の翼が出現する。そして、オードは素早く下がると人払いの結界を張った。
「へぇ、詠唱の短縮か。不完全な状態でそこまで出来るとは、さすがだね。――でも、それじゃあ駄目だ」
 青年はヘレナを眺めながら、立てた人差し指を唇の前で振り、「チ・チ・チ」と舌を鳴らして見せた。
「紅蓮の翼!」
 青年の反応に惑わされることなく、ヘレナはその翼を赤に変え、赤い風を巻き起こす。その風は青年を包み込むと業火へと変じた。だが、一瞬にして数々の悪意を消し炭に変えてきたその業火の中で青年は全く変わらない様子で立っていた。その姿はそよ風で吹かれた程度しか乱れていない。
「*****の名に――っと、やっぱりだめか。じゃあ、フォーだから……うん、僕の名前はフィフスとしておこうか」
 青年はポンと手を打って己の名前を決めると、自分の身を包む業火を撫でる様に手を動かした。
「フィフスの名において命じよう。鎮まれ、と」
 業火は一瞬にして消え失せた。
「え?」
 あまりにもあっけなく魔法が打ち消され、一瞬ひるんだヘレナに、フィフスは柔らかく笑いかける。
「ちょっと待って欲しいな。僕は戦いに来たわけじゃないんだ。君を迎えに来たんだよ、テムズ」
「いや、あたしテムズじゃないし」
 ヘレナの冷たい声のツッコミが飛んだ。
「……ああ、そうか、そうだよね。当然だ君はテムズじゃない。ごめんごめん」
 そのツッコミに、フィフスは屈託無く笑う。そうしてしばらく笑った後、ヘレナに手を差し伸べた。
「僕は、君を迎えに来たんだ。かつて魔法王と呼ばれた者のパートナーであった存在、その魂を受け継ぐ血筋である君をね」
「魔法王の、パートナー?」
「そう。パートナーの名はテムズ。この世界では魔女と呼ばれる一族の血筋で、とても強い力を持っていた。君は、その力をもっとも色濃く継いでいるんだよ。だから、そんな状態でも戦ってこられたんだ」
 フィフスの言葉に、ヘレナは警戒しながら言い返す。
「そういえば、さっきもそんなことを言っていたわね。不完全な状態とか。私はオードとちゃんと契約したからこの力を使えるのよ。不完全なんかじゃないわ」
 ヘレナは言いながらちらりとオードの様子を伺おうとしたが、やめた。言葉にならない気持ちが、振り返ることにためらいを覚えさせていた。
「不完全さ。――契約の指輪は、術具となる際、その人物に適した武器の形をとるんだ。それは肉体に依存した形とも、性格を反映した形とも言われている。でも――」
 フィフスはヘレナの腕を指差した。ヘレナはそこに視線を向けずとも何があるのかは分かっている。
「腕輪は、武器じゃない」
「そんなの――たまたまよ! 私の性格が丸く温和すぎるから武器にならないのよ!」
「ははっ、言うね。――じゃ、今の君の状態は、キングダムの住人という触媒を用いて君自身の力によって作り上げられていて、パートナーの魔力は一切関与していないと言ったら、どうだい?」
「は?」
 フィフスは眉をひそめるヘレナから視線をオードのほうへと向けた。
「君のパートナーと称するそこの彼は、魔法を使えないんだよ」
「何言ってるの? 現にオードは人間の姿にだってなれるし、マジカル☆ワールドと行き来もできるじゃない! ね?」
 振り返ったヘレナの目に映るのは、辛そうに瞳を伏せるオードの姿だった。
「オード?」
「彼の力は、キングダムの誰かが貸した力だろうね。だから――」
 フィフスが軽く手を振ると、オードの体はその場に現れた鏡の中に封じられた。その姿はウサギのそれへと戻っている。
「結界によって力の供給を止めてしまえば、こんなに弱い結界も破ることはできないんだ」
「オード!」
 オードの元に駆け寄ろうという動きを見せたヘレナだったが、すぐにフィフスに向き直り、戦闘態勢をとった。
「覚悟しなさい、悪意! ……オード、ちょっと待っててね。すぐに助けてあげるから」
「へぇ、その辺の判断の仕方は君のオリジナルなんだろうね。なんとなくテムズに似ているとは思っていたけど、こうした部分を見せてくれると別人だって言うのがよくわかるよ」
 フィフスは言い、ため息を一つついた。
「話し合いで分かって欲しかったけど、やっぱり無理だったか。――いいよ、次は、君の魂を説得しよう。この力でね」





「た、たたたたた大変だZe! MagicalGirl!! Hey!!!」
「落ち着きなさい」
「へぶしっ!」
 テムズの放ったモップの柄は、狙い過たず錯乱しつつ出現して錯乱していたフォートルの鼻っ面に突き刺さった。
「まままままままマジかよ☆ガール! いきなり何をするのだ!」
「いきなり錯乱されてたら普通こうするでしょ? というか、なによ、マジかよ☆ガールって?」
「良い子が真似してはいけない行為は普通とは言わんよ。それにしても――」
 フォートルは眼鏡をくいこ、と直すと「ふ」と妙に余裕ぶった笑みを浮かべて見せた。
「マジかよ☆ガールに反応するとは。ようやくマジカル☆ガールとしての自覚が芽生えたようだね。マジカル☆ガール。ちなみにマジかよ☆ガールとはマジかよ! とマジカル☆ガールを掛けたものだよ、マジカル☆ガーへぶぁ!」
 フォートルは言い切ることなく「く」の字になって倒れた。その背には横薙ぎのモップが食い込んでいる。
「それはもうやらないって言ったでしょ。それより、あんたを見てるとどこまで耐えられるのか試してみたい衝動に駆られるのよね。一応我慢してるけど」
「私には暗い欲望のままに行動しているように思えるのだがね、マジカル☆ガール?」
「へぇ」
「あ、うそうそ。君はそういった衝動を我慢できる強い子だとも。そもそもそんな衝動とは無縁のか弱い女子ではないか。さぁ、その喉元に突き刺そうとしているモップをおろそうではないか」
 テムズがしぶしぶモップをおろすのを確認すると、フォートルは「ふぅ」と一息ついた。そうして、改めて真面目な表情をつくる。
「非常事態なのだ、マジカル☆ガール」
「非常事態?」
「最強の魔法使いが悪意に支配され、敵に回ったのだ」
「ああ、それは大変そうね。頑張ってね」
「これでもかと言うほどに他人事だね、マジカル☆ガール」
「か弱い女の子としてはね」
「では、当事者にならざるを得ない情報だ。君の友人であるヘレナ嬢がその魔法使いに遭遇し、誘拐された」
「え?」
「その際、オードが、まぁ、いろいろな意味で重傷を負った。現在、魔法使いとヘレナ嬢の行方を捜索中だ」
「どういうことよ!」
 テムズがフォートルの襟を掴んで持ち上げた。だが、フォートルはうめき声一つあげずにテムズを見つめた。
「あんたらがヘレナを巻き込むからこんなことに!」
「勘違いするな、マジカル☆ガール。ヘレナ嬢は自分の意思でオードと共に戦っているのだ。それは世界のためであり、オードのためであり、彼女自身のための戦いだ。君に糾弾されるいわれはない。だが――」
 フォートルはテムズの手からするりと抜け出すと、深々と頭を下げた。
「彼女の無事を願うのは我々も同じなのだ。頼む。ヘレナ嬢の救出と悪意の浄化のために力を貸して欲しい。奴に対抗するには君の力が――いや、現状、君でなくては対抗できんのだ」
「……嫌だなんて言う訳ないじゃない。ヘレナを助けて、その最強の魔法使いとやらを倒して、全部元通り。それしかないんでしょ?」
「ありがとう、マジカル☆ガール。――これを」
「なにこれ?」
 フォートルが差出した二つ折りの紙片を受け取ったテムズは中を見た。そこには、『ありがとうポイントカード』と記されており、ウサギのスタンプが一個だけ押されていた。
「ありがとうポイントカードだ。いっぱいになると、百八つ集めるとどんな願いでも叶えてくれるイボイノシシを呼び出す水晶球を抽選で1名様に一個プレゼントだ」
「それで、行方を捜索中って言ったけど、わたしはどうすればいいのよ?」
「さらりと無視かね、マジカル☆ガール」
 なかなか話が進まないことに業を煮やしたテムズは、フォートルの首を両手でがっしと掴んだ。
「そ・れ・で・ど・う・す・れ・ば・い・い・の?」
「ま、マジカル☆ガール、なにやら首の辺りがゴキゴキ鳴っているのだがね?」
「そんなことよりも今はヘレナよ」
「お、落ち着くのだマジカル☆ガール! 今は連絡を待つしか――」
 どさ、とフォートルが床に落ちた。
「ヘレナ……」
 テムズにはヘレナの身を案じることしか出来ない。





 しゅぱっと顔の前を横切ろうとしたツバメを、フランクは、はぐ、と捕食して見せた。
「ちょっと、フランク、今変なことしなかった?」
 頭の上にいる黒ウサギに問いかけるアリサに、フランクはもしゃもしゃと咀嚼しながら、それなのに明瞭な発音で答える。
「全然。使者を食べているだけだよ。ほどよくクリーミィだね」
「へぇ――って、ちょっと! その使者ってヘレナの居場所を教えてくれるんでしょ!? 先に食べたらだめじゃん!」
「そうかもしれないね。出そうか? ――げぼ」
「ぎゃー!」
 生暖かい感触にアリサが慌てて頭を振ると、頭の上からは生暖かいものが――
「――あれ? 飛び散らない?」
「やだなぁ、アリサ。この僕がそんな粗相をするはずがないじゃないか」
 いつの間にか足元にいたフランクがアリサのふくらはぎをぺしぺしと叩く。もう一方の前足には紙を握っていた。
「そこにヘレナが!? 貸して!」
 アリサは紙を奪い取るとそれに目を走らせた。そこに書いてあったのは――『おいしいカレーの作り方』。
「……なにこれ?」
「おいしいカレーの作り方だよ」
「……なんでわざわざこんなものを送ってくるのよ。ついでに言えば、『まず、玉葱は焦げるまで炒めましょう』というあたりですでにおいしくなくなっている気がするんだけど」
「そう?」
「そうよ! 玉葱は狐色ってのが基本でしょ!」
 こぶしを握って力説してみせたアリサだったが、すぐにその手を振り上げ、バンザイの恰好をした。
「――じゃなくて!」
「狐色じゃないの?」
「それはそれでいいんだけど、今はヘレナよ!」
「狐色に炒めるのが?」
「ち・がぁーうっ!」
 アリサがばたばたと地団駄をふみ、頭の上のフランクががくがくと揺れる。
「今はヘレナの行方が問題なの!」
 路地裏に声が響くが、幸いなのか、その声に驚く人間は近くにはいなかった。
「アリサ」
「だから今はヘレナだってば!」
「アリサってば」
「テムズでもなくて、ヘ・レ・ナ! ――って、テムズ! いつの間に!?」
「ああ、うん、バンザイのあたりから」
「それは恥ずかしい所を見られたようね」
 こほん、と咳払いをして取り繕ってみせるアリサに対し、テムズは真剣な表情で右手に持った黒ウサギを突きつけて見せた。
「ヘレナの居場所が分かったわよ」
「居場所が! どこ!? 早く助けに行こ!」
 テムズに掴みかからんばかりの勢いのアリサに、テムズの傍らにいたフォートルが答える。
「『崩壊する場所』。マジカル☆ワールドとこの世界の狭間に位置するとされる、仮初の世界」
「崩壊? 位置するとされる? 仮初?」
「よく分かっておらんのだ。我々は平時にそこに踏み入れることは出来ず、存在を感知することもできん」
「え〜と……」
「悪意がそこに足を踏み入れて初めて存在を始めると考えられる。世界が悪意という個の存在に依存しているのだ。これは一種の結界ではないかという説も存在しているが、私としてはやはりそれは結界ではなく世界だろうと考えている。我々、善き心、善き感情が存在しえる場所としてのマジカル☆ワールドのように、悪意にもまたその存在を肯定する世界が存在しても不思議ではないのだ。だが、そこは先ほど述べたように、常に存在するわけではなく、そして、世界と言う寿命から見れば一瞬にして崩壊してしまう、不安定な、文字通り仮初の世界なわけだが、それに関しても悪意と言う存在について考えてみれば答えは―ーふむ、長話が過ぎたようだ。落ち着いてその足をどけてくれたまえマジカル☆ガール」
「そんなわけで、ヘレナの居場所は分かったわ。行くでしょ、アリサ?」
「もちろん」
 二人は頷きあい、契約の指輪をかざした。





 そこには、一つの部屋があった。舞踏会の会場を思わせる、広い部屋だ。高い天井にはいくつものシャンデリアが並び、床にはレッドカーペットが敷き詰められている。そして、扉も窓も無い。その部屋の中央にヘレナと、フィフスがいる。ヘレナの顔に、表情は無かった。
「さあ、ヘレナ、契約の時間だよ」
「……オード……」
「大丈夫だよ、ヘレナ。僕は君がいてくれさえすれば、誰かを害する必要なんて無いんだ」
「……」
「わかってくれたみたいだね。さぁ、契約だ」
 フィフスはヘレナの手をとった。その指には、ヘレナとオードの契約の指輪がはまっている。
「古から継がれし魂の道よ」
「古から継がれし魂の道よ」
 繰り返すヘレナの声に、意識は伴っていない。
「仮初の門を越え、絆の道となれ」
「仮初の門を越え、絆の道となれ」
 指輪から光がこぼれ、その光がヘレナの身を包んだ。
「ヘレナ!」
 その時、テムズの声が部屋の中に響き渡った。声から遅れ、部屋の一角に扉が現れ、その扉が蹴倒された。
「ヘレナ! 大丈夫!」
 扉を蹴倒したのはテムズであり、そこからアリサと二匹のウサギが飛び込んできた。そしてアリサは、ハンマーを振りかぶりフィフスへと駆け寄――
「って、広っ!」
 次の一言を阻止するにはその部屋は広すぎた。
「「力よ、真実の姿を示せ」」
 光が消えたとき、そこには、紫のロングドレスに身を包んだヘレナがいた。シルクの長手袋の手に持つのは、白銀のレイピア。
「ヘレ、ナ?」
 立ち止まったアリサを、ヘレナは無表情に見る。フィフスが、その肩を抱き、ささやいた。
「さぁ、君の真の力を見せておくれ」
 ふわり、とドレスの裾が翻る。
「アリサ!」
「へ?」
 アリサはテムズの声に、咄嗟にハンマーを振り下ろしていた。そのハンマーが壁となり、ギン、という硬質な音と共に繰り出された突きを受け止めた。
「ちょ、ヘレナ、本気!?」
 怒鳴るアリサに対し、ヘレナは無表情のまま、レイピアを振るう。だが、その攻撃はすべてハンマーで止まり、アリサに届くことは無い。
「違う! アリサ下がって! ヘレナの狙いは――」
 ヘレナの攻撃をアリサが防いでいたわけではなかった。その突きの動きは既にアリサには捉えきれず、ヘレナはあえてハンマーを狙っていたのだった。そして、その圧倒的な連撃の結果、ハンマーに亀裂が走る。
「うそっ、こんなもんを砕こうって言うの!?」
 アリサの驚愕をよそに、ヘレナはハンマーを砕く最後の一撃を放つが、その一撃は軌道を変えた。
「っりゃあっ!」
 ハルバードを振りかぶり、気合の声と共に踏み込んできたテムズへの迎撃。互いの一撃は拮抗し、止まった。
「こんな細い剣で互角の力!?」
「魔法によって強化されているのだ、マジカル☆ガール! 見た目に騙されるな!」


 テムズと入れ替わりに一歩下がったアリサはフォートルの言葉を耳にし、フランクを見る。
「――フランク! リミッター解除!」
「え? いいの? 自分で言ったじゃん、暴走したくないよおろろーんって」
「いいの! このままじゃ通用しないから! 早く!」
「はいどうぞ」
 アリサは、自分の心臓がどくん、と一拍だけ力強く打ったのを感じだ。それと共に意識が薄れるほどの力が満ちる。
「テムズ、どいてぇぇぇぇ!」
 力によって暴走するのだから、その力が体を満たす前に放出すればいい。どこかで聞いた眉唾物の話だったが、アリサはそれが正しかったことを、ハンマーに力を集中することによって実感していた。だが、自分の意志で力を操る速度よりも体を満たす勢いのほうが圧倒的であるため、それをしてももって一撃分の時間だということも。
 テムズはアリサが魔力によって膨れ上がったハンマーを振りかざしているのを知り、慌てて飛びのいた。そのテムズを追撃しようとするヘレナに、ハンマーが容赦なく振り下ろされる。
「浄化のい・ち・げ・きーーーーーーーー!」
 ヘレナの視線がハンマーを捉え、唱える。
「永劫なる障壁よ」
 不可視の障壁に阻まれ、跳ね返され、ハンマーは自身の衝撃に耐え切れず、砕けた。
「あ」
 ハンマーが砕け、魔力が体内を暴れ回り、アリサの視界はがくがくと揺れ、言いようのない不快感と共に床に倒れ伏した。
「アリサ!」
「大丈夫だ! マジカル☆ステッキが損傷し、一時的にショックを受けているだけだ! フランク!」
「あいよー」
「アリサ嬢はフランクに任せておけ、マジカル☆ガール! それよりも――来るぞっ!」
 ドレスを翻しながら迫るヘレナに、テムズはハルバードを構えて迎え撃つ。
「力で互角、スピードは相手のが上、たぶん持久力も……こんなの、ジリ貧じゃない!」





 窓から心地良い日差しと共に、さわやかな風が吹き込む。その風の香りに、懐かしいな、とオードは思う。最近はほとんどが人間界で、マジカル☆ワールドに戻ってきたのはずいぶんと久しぶりだった。
「やぁ、オード」
 声に振り返ると、そこにはマジカル☆ワイマラナーのアドルフがいた。だが、彼自慢の毛皮はところどころに血の塊と汚れが目立っていた。
「アドルフ様――」
「ああ、そのままで」
 椅子から立ち上がろうとしたオードを制し、アドルフは自分で椅子を用意し、オードと並ぶ形で腰掛けた。
「我々は弱いな、オード」
「え?」
 オードが見上げると、アドルフは、ふ、と苦い笑みを浮かべた。
「一人で戦えるほど力があるわけでもなく、そのちっぽけな力を全力で振るうこともできない。」
「……アドルフ様」
「ん?」
「僕は――僕には何故そのちっぽけな力すらないのでしょう?」
「それは――」
「いえ、わかっているんです。その理由は。僕という存在は、かつての魔法王の壊れかけた心から生まれました。魔法王という存在が失われることによって世界が傷つかないように、壊れた心が、世界を傷つけないように」
 オードは言いながら天井を見上げた。目は開いているのに、何も見えない。心が、何も見ようとしない。
「名には名の持つ力が、力には強大な扱いきれぬがゆえに安全な力が……でも、心には、無力感しか残っていなかった」
「オード……」
「無力は無力なりにできることをやってきたつもりです。たとえヘレナに――マジカル☆ガールに戦いのすべてを委ねなければならなかったとしても、僕は一緒に戦ってきたつもりです。でも――」
 視界が溺れ、声が言葉を作ることを拒絶する。傷ついた心によって作られた体は、新たな心が傷つくことを止めようとする。それでも、オードは――オードという名を得た、新たな心は、言葉を搾り出した。
「僕はヘレナのパートナーとして居続ける事はできなかった」
「……そして、諦めるのか?」
「……」
 アドルフはオードの正面に立つと、その目を見下ろした。アドルフの目に宿る光は、慈しみ。父が子を見る厳しい優しさ。
「オード、私はな、『後悔』に惹かれたのだ。私の心に後悔があることによって」
「え?」
「不思議なものだな。我々と『悪意』は、正負の違いはあれども本質は同じはずなのに、我々の中には間違いなく『悪意』の芽があるのだ。……私は、『悪意』を殲滅することはできないと思っている」
「アドルフ様、それは――」
「まぁ、聞け。我々には怒りや悲しみ、憎しみといった負の感情がある。それは、『悪意』の芽だ。それはつまり、仮に人間の心がすべて浄化されたとしても、我々の心から『悪意』が生まれるということだ。……何が言いたいか、分かるか?」
「いえ……」
「だろうな」
 アドルフはクックッ、と喉の奥で笑い、すぐに表情を真剣なものへと改めた。
「オードよ、我々は人間なのだ。さまざまな違いはあれども、その本質は同じものなのだ。時や状況によって大きな制限は受けても、それでも無限の可能性を持っている存在なのだ」
「可能性……」
「助けたいのだろう?」
「……はい」
「パートナーの絆を取り返したいのだろう?」
「はい」
「好きなのだろう」
「はい!」
「ならば、取り戻しに行って来い! 時が可能性を奪う前に! 今なら、まだ間に合うはず――いや、間に合わせてみせろ!」
「はい!」
 アドルフが腕を一振りすると、空間を跳躍するためのゲートが開いた。オードは迷わず飛び込み、アドルフが檄を持って送り出す。
「可能性を信じるのだ、オード。お前は今までのお前ではない。そして、力が足りないと悟った時は、今のように、これまでのように、友が、同胞が、パートナーが力を貸そう。それこそが人の力だ!」





「重撃刃!」
「障壁っ」
 ガゴンッ! と、魔力のぶつかり合いによるすさまじい衝撃が城を揺らすが、ヘレナの髪一筋すら揺らすことは無かった。
「フォートル」
「どうした、マジカル☆ガール?」
 間合いを取り、牽制しながらテムズは疑問を口にした。
「なんだか、ヘレナの力が上がっている気がするんだけど?」
「残念ながらそのようだ。時間と共にヘレナ嬢の潜在魔力が解放され、力が上昇しているのを感じる。まだまだ上がるな、これは」
「今でどうしようもないのに、これ以上強くなられたらどうしようもないじゃない!」
「………………うむ」
「ちょっ、重々しく肯定しないでよっ――って来たっ」
 三本の光の矢が大きく螺旋軌道を描きながらテムズに襲い掛かる。だが、それを囮と見たテムズはハルバードの一閃で矢を消滅させ、
「はっ!」
 気合と共に魔力の衝撃波を、矢と共に飛び込んできたヘレナに叩きつけた。ヘレナはその反撃にはじかれ、間合いを広げるが、ダメージを受けた様子はなかった。
「なんとかならないの?」
「攻撃力だけで言えば、ヘレナ嬢の魔力がどれだけ上昇しようとも君のほうが上だ、マジカル☆ガール」
「そうなの? その割には防がれるんだけど?」
「無意識に手加減しているからだ。もっとも、君は力加減が下手だから意識的に攻撃力を変えようとすると、加減しきれずにヘレナ嬢を消し飛ばす一撃を放つか、魔力のこもっていない一撃を放ち反撃でマジカル☆ステッキを砕かれるかだろう」
「何か手は無いの? 防ぎ続けるのにも限界はあるわよ」
「アリサ嬢が復帰しても現状のままでは辛いな。かといって一時撤退しては手遅れになる……」
「……あそこで高みの見物している奴に本気で全力の一撃を叩き込んでみる?」
「できるか?」
「やるしかないでしょ」
 テムズは頷き、腰を軽く落とした。構えたハルバードに魔力をたぎらせる。
「ヘレナ嬢は私が何とかしよう。一瞬だけ、突破できる隙を作る」
「任せるわ。なるべく怪我、させないようにね」
「もうすでに彼女の防御能力は私の攻撃能力を超えているよ」
 フォートルがやれやれとため息をついた、次の瞬間、テムズが飛び出した。だ・だんっ、と力のこもった踏み込みと共に、フィフスに向かって一直線に走る。その動きにヘレナが反応するが、その前にフォートルの指がパチリ、と鳴った。
「煌く薔薇の花園っ!」
 ヘレナの姿は深紅の薔薇の塊に包まれた。
「ふっ、宴会芸として開発した魔法だが、足止めとしては効果的だろう」
 その光景をテムズは横目に見ることも無くフィフスへと迫り、ハルバードを振り上げた。
「行くわよっ! 重撃――無皇斬!」
 強大な魔力が収束し、その一撃がフィフスを無へと帰すために振り下ろされる。
「良い攻撃だけど――遅いね」
 自然体のままフィフスが言い、その意味をテムズが考える暇も無く、二人の間にはヘレナがいた。駆けつけたその姿に薔薇の花びらをまとい、防御のためにレイピアを振るう。
「駄目っ! どいてヘレナっ!」
 止めることのできないタイミングにテムズが叫んだ。この一撃は確実にヘレナを消滅させると、確信できた。だが、ヘレナは受け止めようと動き――テムズの一撃が、ヘレナのレイピアを砕いた。
「くぅっ……」
「何っ!?」
「え?」
 レイピアが砕け、魔力の暴走にヘレナが苦痛の声を漏らし、フィフスは予想以上の威力に驚く。
 テムズは、確信以下の結果に驚いた。そして、それは自分の意思とは別の何かが働いた結果だと気付く。
「間に合ったみたいだね――っと、下がれ、テムズ!」
 背後からの声に咄嗟に飛びのいたテムズのいた場所を、鋭く伸びたフィフスの爪が薙いだ。
「オード!」
 フォートルが新たに現れた存在の名を叫んだ。その名に、テムズがちらりと背後を見ると、深い青の瞳と目があった。オードは、ウサギではなく人の姿をしていた。
「遅くなってゴメン。でも、間に合ってよかったよ。お姫様(ヘレナ)を助けるのは、王子様(ぼく)の役目だからね」
「うっわ、恥ずかっすぃっ!」
 オードの言葉に、アリサががばっと起き上がって反応した。
「しゅうふくかんりょー。マジカル☆ステッキは用法用量を守って正しくつかいましょー」
 立ち上がるアリサの頭の上に看護婦姿のフランクがひょいと飛び乗った。
「……アンタ、メスだったの?」
「まさか。妖精さんに性別なんて無いのサ」
「妖精? 誰が?」
「たまにアリサの部屋の隅で恨めしそうにアリサを見つめる半透明な人たちとか?」
「修復!」
「幽霊じゃん! マヂ?」
「ゲロマヂ」
 漫才をするアリサとフランクには目もくれず、フィフスはヘレナのレイピアを一瞬にして修復してみせた。倒れていたヘレナだったが、足取りがやや不安定ながらも立ち上がる。
 そこでようやくフィフスはオードへと目を向け、嘲笑の笑みを浮かべる。
「ずいぶんと自信があるようだね。何の力も無いくせに。また結界に閉じ込めてあげようか?」
 対するオードの笑みは、いつもと変わらない。否、いつも以上に強い自信に満ち溢れている。
「確かに、僕自身は無力だ。――だが、それがどうした? ここには、お前を打ち破るだけの力がある。力を結集すれば、お前のような半端な存在など敵じゃない」
「言うじゃないか。確かにさっきの一撃は予想以上だった。でも、ヘレナの力はすべて解放され、ここからは僕も力を振るうつもりだ。この最強の力の前に、どれだけのことができるつもりだい?」
「勝てるさ」
 オードはこともなげに言い放った。
「一撃で十分だ。ここには、お前に足りていない名と力と心、そして、最高の増幅能力の持ち主と最高の変換能力の持ち主がいる。確かにヘレナは最高のパートナーさ。でも、それだけじゃあお前の負けだ。過去の力にしがみついているだけのお前ではヘレナの力を活かすことはできない。確かにお前は最強”だった”。でもそれだけさ」
「なら――証明してみせろっ!」
 ヘレナとフィフスが動いた。
「テムズっ、ほんの少しだけ、しのいでっ!」
「ええっ!? いきなり丸投げっ!? ……仕方ないわね!」
 テムズが迎撃に動いた。相手は強敵だったが、不思議と防ぎきる自信がある。
「フォートル、フランク、力を!」
「ようやく、自分の力に気付いたか、兄弟よ。――フォートルの名の下に、力よ、集え!」
「ほいほいほいほいほいほいほい――」
 フォートルには幾多の光が集い、力となり、フランクが何かを汲み出す仕草をすると、フランクの体から力が次から次へと湧き出す。
「受け取るのだ、アリサ嬢」
「ほい、アリサ、パス」
「ええ!? こんだけの力なんて受け取ったらまた暴走――あれ? しない?」
 アリサは、いつもならば力から激流のうねりを連想していた。だが、今は違う。それは、今もこんこんと湧き出し続ける、限りなく巨大で、限りなく澄み切った泉のイメージ。
「これが、心の力。いかなる力にも秩序を与え、制御する。さぁ、アリサ。その力をテムズに」
「うん。――受け取って、テムズ」
 アリサの手から放たれたのは雫の一滴。だが、その雫はあらゆる存在を超越した力。そして、その雫がテムズへと届いたとき――紅蓮の炎がテムズを包み込んだ。
「ぐぁっ!」
 あまりの熱波にフィフスとヘレナが慌てて間合いを取った。
「ちょっ、テムズ大丈夫なの!?」
「安心したまえ、アリサ嬢。あれこそ、マジカル☆ガールの熱き心、バーニング☆ハートっ! マジカル☆ガールは今まさに新たなる力、新たなる姿に生まれ変わるのだ!」
 やがて炎が収束するように消えたとき、そこには、赤いリボンの目立つやけに可愛らしい意匠に短いスカートの服装に身を包み、切っ先の丸い両手剣、エグゼキューショナーズソードを持ったテムズの姿があった。ついでに言えば髪形もポニーテールになっている。


「――うわぁ」
 誰からともなく声が漏れた。
「覚悟しなさい、『悪意』!」
 テムズは自分の服装の変化に特別気付いた様子もなく、走る。
「確かに強大な力だ! だがそれではヘレナを傷つけることには代わりはないだろう!」
 ヘレナが迎撃に出る。フィフスはヘレナを攻撃できないテムズにできる隙を狙い、力を溜める。だが――
「せぇい!」
「障壁よ!」
 テムズは不可視の障壁ごと、ヘレナを横薙ぎに斬った。障壁は音もなく消え去り、ヘレナは音を立てて倒れ伏した。
「馬鹿な!」
 そのまま駆け抜け、驚愕の表情のフィフスをも、断つ。
 だが、フィフスは近寄ってくるテムズにも、斬られたことにも反応は見せなかった。ただ、斬られるはずのなかった、倒れるはずのなかったヘレナを、驚愕の表情のまま見つめるだけ。そして、その瞳が、赤く染まった。
「いかん! 崩壊の力が発動するっ! マジカル☆ガールっ!」
「無理よ! この人はもう『悪意』じゃない! いま斬ったら、この人を滅ぼすことになる!」
「大丈夫」
 オードがフィフスだったものに歩み寄った。力の奔流に揉まれながらも、その額に手を当てる。
「僕らを生み出した偉大な存在よ、あなたが一人で抱え、あなたの全てを滅ぼしたその力は、あなたとパートナーとその絆から生まれ、新たに集った命たちが受け継ぎます。あなたは何も失ってなんか、失わせてなんかいません。ここにあなたの全てを少しずつ受け継いだ者たちがいます。だから、安心してください。あなたの役割は、今、引き継がれたのですから」
 瞳は、ゆっくりと閉じられた。それと同時に、崩壊の力も消え、『彼』もまた、消えた。









エピローグ


 そっと、抱き上げられるのを感じた。
「――ヘレナ、ヘレナ!」
 暖かい声。いつも一緒にいる、一番大切な声がする。
「ヘレナ!」
「……オード? ……おはよ、どしたの?」
 重い瞼を開けると、そこにはオードがいた。不思議なことに、いつもより凛々しく見える。オードは優しく微笑んで言った。
「ヘレナ。フロンティア・パブに行こうか」
「……うん。……でも、まだ眠いから、もう少し眠ってから、ね。それと――ただいま」
 なんとかそう答えてから、私はもう一度眠りに引き込まれた。とても心地の良い腕に抱かれながら。




 穏やかな日差しの降り注ぐ庭にあるベンチに、アドルフとフォートルは並んで座っていた。
「そうか。『彼』はようやく眠りにつけたか」
「はい。オードが自身の存在理由を見つけ、崩壊の力は正式に我らに受け継がれました。これで『彼』はその役割からようやく解放されました」
 フォートルの言葉に、アドルフは「そうか」ともう一度深く頷いた。
「本来ならば友として私が『彼』を解放するべきだったんだろうが、私の無力ゆえに『彼』の悲しみを受け止めることができなかった……面倒をかけたな」
「いいえ。貴方は力の運命と共に生まれた我々を師として導いてくださいました。そして『彼』の後悔に立ち向かい、解放できたのです。貴方は無力ではありません、貴方の想いが我々を育て、その想いを受け継いだ我々だからこそ成しえたのですから」
「フォートル」
「はい」
「その名は、重いか?」
「……はい。ですが、私はフォートル。それ以上でもそれ以下でもありません。名の持つ力は重くとも、それを分かち合う兄弟と友がいます。我々を支えてくださる先達がいます。そして『彼』が生み出した我々だからこそ、『彼』の悲劇を繰り返すことはないでしょう。『彼』がそう願った想いもまた、我々に受け継がれたのですから」
「そうか」
 アドルフはそう答えると空を見上げた。フォートルはその心中を察し、席を立つ。
「では、私はこれで失礼致します」
「ん、そうか。――何か用事でも?」
「ええ。我がパートナー殿の憂さを晴らすために、ほんの少し――折檻を受けてくるだけです」
 フォートルは苦笑を浮かべながらも、晴れやかな表情で答えた。

おしまい



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