And others 31

Contributor/ペペドンさん
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《Pre story






「見せたいものがある」
 ある時父が、そう言って普段は入れない工房の地下へ入らせてくれたことがありました。
 半人前のお前が入る所じゃない。
 普段から父にそう言われてきた僕は、遂に認められたのかと、嬉しくなった記憶があります。
 初めて入ったそこには数え切れないほどの作品が置いてあって、僕が全て親方が作ったのか、と聞くと、
「そうであるものもあれば、そうでないものもある」
 そう、父は答えました。  

 しばらくして、父は一つの細長い木製の箱を持ってきました。
「そこに座りなさい」
 そう言われて、僕は床に座りました。
 父も座りました。
 そうして、父が箱の蓋を開けると、中には一本の刀が入っていました。
 日本刀です。
 実物を見るのは初めてでした。
「手に、取ってみなさい」
 僕はおそるおそる、鞘に納まったそれを持ち上げました。
 ずっしりとした重量感。
 何故か、それが心地良く思えました。
 刀身を鞘から引き抜くと、刃が天井に吊るされたランプの光を薄く照らし返したのを覚えています。
 僕が見とれていると、父は静かに語りだしました。
「儂が誇りに思えるものは、三つある。一つは儂自身の腕、技術。そしてもう一つが、その刀だ」
 父の目を見て話を聞いていた僕は、その言葉を聞いて、もう一度刀に目を落としました。
 その刀身には、小さく文字が刻んでありました。
 “Ralpf”、“Aero”、“Asura”、そして“Miyabi”と。
 誰かの、名前でした。おそらく。
 一つは、父の名でしたから。
「自分の信念に自信が持てない時は、己の腕を信じてきた。道に迷った時は、大切な思い出に導かれてきた。そして……」
 
 その次に紡がれた言葉は、今でもはっきりと覚えています。

「そして、自分の生の意味は、お前が教えてくれた。お前が、儂の三つ目の誇りだ」
 あんな笑顔をした父を見たのは、後にも先にも、この一度きりでした。


 その一週間後の事です。
 父が、他界したのは。





日暮れて、道遠し





 目を開けると、見慣れた天井が見えた。起き上がろうとするが、体に力が入らない。一体、自分はどうしたのだろう。
「目が、覚めたようだね」
 聞きなれない声。歳を取った――しかし、凛とした――女性のものだ。頭を声のする方を向けようとするが、出来ない。
「古い友人を訪ねて来てみれば、見知らぬ男が倒れているときたもんだ。ああいや、あんたのことは大体見当が付くがね」
「僕は……どうしたんでしょうか……」
 ようやく、喉からそれだけ搾り出す。
「過労。働き過ぎだね。なんだい、あの鍋の山は」
 思い出したのか、小さく笑う声が聞こえてくる。ああ、そうだ。確か昨日は鍋の注文がたくさん来て……
「仕事……しなくちゃ……」
「無茶を言うもんじゃないよ。せめて、今夜一晩は寝てな。それに鍋の残りなら、あたしが仕上げたよ。まったく。年寄りに手間かけさせるんじゃないよ」
 それを聞いて、体から力が抜ける。何故だろう。勝手に自分の仕事を片づけられたのに、この人なら大丈夫な気がするのだ。
「あなたは……?」
 まだ上手く回らない頭で、それを訊ねる。そうだ、この人は誰なんだろう。
「言っただろう? 古い友人さ。あんたの……そう、父親のね」
 父親……父さん。そうか、この人は父さんの友人なのか。それならば安心だ、と納得する。
「しかし……街は随分と様変わりしたのに、ここは全く変わってないねぇ。あの頃と同じ……埃を被ってる見たいに薄汚れてるよ」
 そう言って声が笑う。確かに、掃除はあまりしていないが……そこまで汚れているだろうか。ああ、そうだ。明日は起きたらまず掃除をしよう。
「まったく……風の噂でくたばっちまったとは聞いていたが……まさか本当だったとはね。正直、信じられないよ」
 声は調子を変えることなく、しかしその空気を変えて続く。
 父は高名な鍛冶師だった。その人脈は、とても自分が把握しきれるものではない。当然、葬儀に呼べなかった知人、友人もいたのだろう。この人も、おそらくはその一人。
 自分のせいなのだ。果たして自分は、いったいどれだけ父のことを知っていただろうか。
「……人の一生はあまりにも短い。その中で、果たせない想いもあるだろう」
 想い。父の想い。それは一体何だったのだろうか。
 ただひたすら仕事に打ち込んでいた背中。その果ての微笑みには、何が篭められていたのだろうか。……わからないことだらけだ。
 ……だが、脳裏に刻み込まれたあの言葉。その意味をきっと、多分、自分はどこかで理解している。
「けど、私たちは信じているのさ。その続きは、次の世代が紡いでくれる、と。あの男も、きっとそうだったろう」
 次の世代。そう、それはおそらく……瞼が、重くなってきた。意識が遠くなる。
「日暮れて道遠し……あんたがあの男の息子だったかどうか。あたしは、見守らせてもらうよ」
 そこまで聞いて、自分は再び眠りに落ちた。



 次に目を開けた時、部屋には誰もいなかった。窓から差し込む日差しが眩しい。
「夢……だったのかな」
 そう呟いて体を起こす。すんなりと力が入って、自分の頭は持ち上がった。部屋を見回す。
 ……と、部屋の真ん中の机に何かが置いてある。
「これは……」
 刀だった。
 一本の日本刀。いつか、父さんに見せてもらったモノに良く似た……
 その瞬間、記憶が蘇る。
 そうだ。確かあの刀は、地下で見せてもらった次の日、あの場所から忽然と姿を消したのだ。父さんにその事を聞いても何も答えず、ただ淡々といつものように仕事をこなしていた。その命の最期の時まで。
 刀身を引き抜いて確認する。
 あの時と同じ。変わらずに、4つの小さな名前が刻まれている。
「なんで今頃になって、これが……」
 と、机の上にまだ何かがある。それは、一枚の紙だった。そこには一行、丁寧な文字で、
『たまには、鍋以外の物も打ちなさい』
 そう、書いてあった。
 しばし、その文字を見つめる。そして小さく笑い、頷き。
「さて、まずは工房から片付けるかな」
 そう言って、窓を開いた。



 一日が、始まる。




Fin



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