And others 25(Part 1)

Contributor/しゃんぐさん
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P a r t : 1



貴族のパーティというと、どういうものを想像するだろうか。
 いや、想像できないならそれで構わないが。
ちなみに、今回のパーティは会食のあと男女に分かれて雑談とシンプルなモノだった。

 それはともかく、
今日、開かれているパーティーは大雨という悪天候の中で、大いに盛り上がっている。
 パーティーの主催者、コールロイ・リースワークが食事もそこそこに切り上げて、
立ち上がり客集の前で「あの」 ホープダイアを手に入れたなんて宣言したからだった。

 まあ、それもどうでもいい。

 ジョンと言う宝石商がいた。
 彼が一般の宝石商と異なる点は、扱う品物の全てが盗品だということである。
 彼は、あの悪名高き「ホープダイア」 の入手についに成功し、
コールロイにそれを売りつけたことで一躍有名人となっていた。

 これもどうでもいい話だ。

 アクワイが、貴族のパーティーに参加するのは二度目だった。
実を言えば、未だに馴染めそうもない。
 彼は本日、何度目だったか数えるのも忘れたが、ため息をついた。

アクワイ――いや、この場ではジョン・スミスと呼ばれているが。
――彼は肩をすくめて、煌びやかな社交界へのドアをくぐった。



「詐欺師……ですか」
 半分ほど落ちた瞼がさらに落ちるのを自覚する。
「今夜決行だ。演技力と機知に富んだ話術が必要となる…実に困難な任務だ」
「なんでまた」 そんなめんどくさそうなことを。
 人間には自主的に行えない行動が三つある。
 危ないこと、
見返りのないこと、
そして、めんどくさいことだ。
 人間は危なくなく、見返りもあり、めんどくさくないことしか、したくないのだ。
 詐欺師……まず間違いなく、危なくて、見返りも無くて、めんどくさいことこの上ないだろう。 いや。
 見返りはあるのかも知れない。が、おそらくないだろう。少なくとも自分には。
 つらつらと考えている間も、話はどんどんと進んでいた。
「で、だ。とある銀行家の邸宅が、とある怪盗の被害にあったのは覚えているかい?」
「覚えてるも何も」そのとある怪盗とやらが目の前にいるではないか。
「その屋敷から孤光の怪盗が盗み出したのは、希望の冠す悲劇の宝石。
海よりも深き蒼を映す奇蹟の秘宝」
 それは執着の呼び水だった。
――ホープ・ダイアモンド。そう呼ばれる、魔性の宝石。
 名前を、形を変えようと、しかし止むことのない呪いの連鎖。
彼ら二人、「怪盗ロンリネス大宇宙」 は以前それを盗んだ。
 瞼が重い、と言うか眠い。
「その石ころが何か?」
「宝石売りに扮してもらおうと思ってね。この辺でおあつらえ向きな宝石と言えば、
『塔』 の宝冠か、例の呪い石。そのどちらかしか思い浮かばなくて」
 宝冠とは倫敦塔に飾られている王冠のことだろうか。
確か、物凄い宝石が付いているらしいとは聞いているがアクワイはその種類すら知っていない。
 それはいいとして、
「ホープダイアは確か、消息不明になったような……」
 話は、ややっこしくなる。

 アクワイ達、怪盗ロンリネス大宇宙はとある銀行家の館に盗みに入った。
 その家はすでに呪われていた。
 執着にとりつかれた銀行家の旦那。
 囚われていた少女。
悪趣味な宝物庫、悪趣味なコレクション…
 そして、盗む怪盗達もとことん呪われていた。
ダブルブッキングである。
 ロンリネス大宇宙は、標的の邸宅――銀行家の館の中で、おなじくホープダイアを狙う怪盗と出会う。
黒髪の美女と、いまいち頼りなさげな片眼鏡の青年からなるコンビの怪盗だった。
 まあ、そこら辺のゴタゴタはおいといて、
 最後には何故か四人で共闘することになった怪盗達は、無事ホープダイアを盗み出すことに成功し…
――たのだかどうだか。実のところ、アクワイは最後、ホープダイアがどうなったのかをよく知らない。
その前に気絶してしまっていた。
 全てを見てきたはずの当の御主人はと言うと、
「さて、そればかりは件の怪盗に訊かねばなるまい」
と、こんな感じなので、真相は闇の中だった。燃やしたとも聞く。

ほらややっこしい。

「心当たりあるでしょうに。名うての怪盗というじゃありませんか」
「……ところが富に流行職らしくてね」
 金髪の麗人は肩をすくめた。
「まさか、ご冗談を」
「いや、今年に入ってから新手の怪盗が10名も増えたそうだよ。そのどれもが粒ぞろいとも耳にするね」
「へえ。」 その内のひとつにアクワイが入っているのかと思うと、頭痛を通り越してめまいがする。
「今月も期待のニューフェイスさ。しかも宝石専門なのだよ。
名前は確か……そう、怪盗ドキドキ・ジェニファー恋してるよ二号」
「一号が存在するのですか」
「……一足飛びにそこを質問しないでくれたまえ。
怪盗のネーミング権はその怪盗の第一発見者……大抵の場合は第一被害者にあるのだよ」
「……名前がやけくそじみている理由がなんとなくわかりました」 
 聞く度に眠くなっていく目蓋を何とか持ち上げる。
げんなりしていると、微かな含み笑いが聞こえた。
 路地裏と言うのに花畑にでもいるかのような風が吹く。
 目の前で金の髪が水平に舞い、白い頬にかかる。
「話を戻そう」
 口の動きを追いそうになって、慌てて首を振る。
「え、ええ」
「さて、君は宝石詐欺師だ。
そして私の記憶が確かなら、詐欺師は有りもしない物を売りつけるのが商売だったはずだ」
「詐欺師は商売じゃないような…」 言いかけて、言葉を止めた。
 彼の瞳はらんらんと輝いていた。
まるで、新しいイタズラを発明したかのような、子供のような目。
 アクワイは、ブリキのバケツに身を預けて目蓋を落とした。
「何を悩んでいるんだい?」 楽しそうな声。
 重い瞼をあげて、アクワイはひとつ訊く。
「……どう考えても俺には役者不足なような気がしますが」
「とは言えボクには役不足だと思いやしないかい?」
 目蓋の向こうの主人は、嬉しそうに、にこにことしていた。
 気だるい声と思った、気だるいのは夕暮れだからだろうか。
 金髪が翻って夕暮れを反射している。
 アクワイは、先ほどの言葉の意味を噛み含めてから、この上なくいやな顔をした。
「つまり詐欺師の一歩斜め上を行く何かが控えているわけですね」
 夕日の逆光に白い頬を溶け込ませて、金髪の主人は微笑んだ。
「内緒さ」
 そして、喧騒と栄華の霧の街は、長き夜を迎える。


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 廊下の奥の洗面所で溜息をつく。
 トイレは丁度もさり気無く高級感に溢れていて、手入れもきっちり行き届いている。
 控えめな中にどこか調和の取れた、目には見えないところで格調を感じさせる。
 以前の成金とは違って、どうやら本気で金持ちらしかった。
「何で、こんな金持ち騙すかなあ」
 見た感じ悪いことはしてなさそうなのに
 館の主――コールロイ・リースワークとか言う中年男にしても、
まあ、確かに貴族特有の嫌味な感じはあるが、 所詮あんなのは所詮文化の違いだ。腹を立てることに意味が無い。
 詐欺。
 今回の仕事は、彼、コールロイを盗品専門の宝石商ジョン・スミスに扮するアクワイが騙し、
ガラス細工で作った偽物のホープダイアを売りつけるという内容だった。
 アクワイは御主人の用意した段取りを、御主人が用意したキャラ設定の通りに演じるだけ。
会食用のタキシードも、雑談用の背広も既に用意されていた。
 この時点で既に果てしない無理があるような気がするが、今のところ誰にも疑われていない。
話はぽんぽんと順調に進んでいたのだった。と。
「ジョン・スミス?」
「……世を忍ぶ仮の名ですよ。他は考えてませんけどね」
 背中越しに声に、見向きもせずに応える。
 背広の薄い生地に細身の背中が重なった。
「で、どうするんですか?」
 香の匂いがした。位置的に、姿を見ることはない。
「先ず、そっちの首尾を聞こうじゃないか」
「……売りつけましたよ、つつがなく」
「それは僥倖」
 背中越しに、微かな震動が伝わってくる。笑っているのだろう。
「よくもまあ、あんなガラス細工でバレないもんですね」
「本物を見たわたしが製作を手伝ったのだ。凡人の目をごまかすぐらいは造作もないよ」
「凡人……」 ねぇ。
 仮にも眼の肥えた商家で貴族でもある。
宝石の真贋を見抜くぐらいの鑑定眼ぐらいは普通にあるはずなのだが。
「それはともかく、こんなパーティ会場で何をしているんですか?
ここには不遇なご婦人も、不幸な令嬢もいなさそうですよ」
「……キミがどういう目でボクを見ているのかが、よく判るね」
 後ろ襟を引っ張られ、大きくのけぞる。
 がばっと、首に手を回され、後ろから抱きつかれた。
「ちょっ」
「ふふ、もしかして妬いてくれたのかい、ハニー?」
 耳元に、甘い声が掛かる。頬を細い金髪がくすぐった。
「手とか世話なら、地平線まで焼けまくってますよ、ご主人様」
 取り合わずに、アクワイは首に回る手を二度叩いた。締められやしないかと気が気でない。
「おお、飼い犬が噛みついた」
 あっさりと首に回る手が離れて、背中の重みも消えた。
「ふむ、じゃあよろしく頼むよ、」
「詐欺師をですか?」
 訊きながらアクワイが振り向いたが、その時には既に御主人の姿は見えなくなっていた。
「さてね」
 声だけが残る。


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「お済ませですか」
 トイレから出ると、待ち構えていた白髪の召使いが、三歩前から恭しく礼をした。
「コールロイ様がお待ちですので」
 鼻を中心に真っ赤な顔。しゃっちょこばって、妙な訛がある。北の出だろうか。
「主が晩餐会に参加しないでいいのか…いや、いいんですか?」
訊くと、召使いさんは一歩近寄ってから眉根を寄せて小声で、
「ちょうど、ディナ様が贔屓にしている交響楽団の解説を始めたところでして」
困った様子の顔を作って、そんなことを言う。
「察するにあと、2時間はあの調子ですので」
 ディナとは確かコールロイの奥方の名前だった。
 なるほど。下の階の客間からは壮大でいてやかましい音が漏れ聞こえる。
「変な音ですね」 何となく感想を言う。「ときどき耳を擦ったみたいな音がする」
「レコードですので」
「へぇ」 レコードか。なるほど、「変わった楽器ですね」
 音楽は耳にするだけで眠たくなるくらいに無知だった。
故郷の歌ですらよく覚えていない。
 さらに耳を寄せる、
 なにやら楽譜スコアをなぞって、とうとうと曲の講釈をしている女性の声がする。
透き通るような浸透率の高い声で、まるで曲に合わせて歌を歌っているようだった。
「ずいぶんとご高説の用ですね…もったいない」
 なんて無駄な技能だろう。さすが貴族。つきぬけた無駄っぽさがそこにはある。弁士にでもなればいいのに。
「週に5度はあの調子ですので。旦那様――コールロイ様もさすがにでして」
 もったいないの意味を誤解されたようだったが、気にしないで笑っておいた。
 教えられた応接間に歩き出そうとして、アクワイはふと思い立って振り向いた。
「あ、そうだ。あんたの名前は?」
 召使い氏は、面くった様子で、しかし丁寧にお辞儀をして笑みを作った。
「ジョバンニで御座います」


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 宝石詐欺には無理がある。
 たとえば役者の問題だ。
 アジア顔の自分が只のガラス玉を売りつけたところで、怪しがって誰も買いやしない。
高価なブランド品で見た目を変えようがそれは同じだ。変装の達人に肌の色まで変えてもらおうが以下同文。
 けれど状況は今のところ、とんとん拍子に進んでいたりする。
 どういうことかというと、話は既に通っているのである。
 アクワイはその商品を届けに来ただけの配達人――怪盗ロンリネス大宇宙の代理人なのだ。
 で、どれぐらい既にかと言うと、「銀行家の邸宅に宝石泥棒が入る数ヶ月も前」 からだったりするのが面白い。
 つまり、盗む前から売約済みだったのだ。
さすがご主人と言うべきか、彼の一族の血を継ぐだけの器用さはある。
 人格はどうあれ。
「ま、贋物があるってことは、ハナから本物を売るつもりはなかったんだろうな…」
 その偽物は、現在コールロイの手元にある。取引自体は既に済んでいるのだ。
ちなみに金は後払い。どちらにせよ、今に手にはいることはない。
 バレる可能性を考えれば帰路につくギリギリまで手元に置いた方が良いのだろうが、
その話を持ち出して逆に疑われるなんて結果にもなりかねない。
 喫煙室の脇を通りぬけると、応接間の前へとたどり着いた。
 召使いの女性が扉の前に二人いて、アクワイを出迎える。
 背の高い女性と、短い女性。デコボココンビという言葉を思いつく。
年齢は二人とも自分と同じぐらいだった。
 どちらもそれなりに美人だと思うのだが、外国人なのでよくは判らない。
 もとよりアクワイには、顔の特徴はつかめても美醜を判断することができない。
すぐ傍に、見れば誰もが溜息をつく超絶美人が存在することも大きく感覚を狂わせている原因の一つだろう。
(そう言えば、メードがいたか)
 メード、と言うと彼の主人はメイドだと力説で否定したが、正直どうでも良い。
 それよりまあ、これぐらいの邸宅なら、幸の薄そうなメイドがひとりぐらいいても不思議は無い。
 だが、まあ、それはどうでもよい。
 目の前にまで来ると、二人は辞儀をして、応接室へ招いた。
 背の高いほうが、扉を引く。
「どうぞ、こちらです」 背の高い方が言う。どこか間延びした声だった。
 適当に礼を言って室に入る。
 応接室は、なんと言うか応接室だった。残念ながら鹿の剥製は無いがソファと暖炉はある。
膝ぐらいの高さにテーブルがあって、ジャングルみたいな花瓶に、クルミの盛られた皿とクルミ割り人形が置いてある。
 二三歩前に歩き出しながら、二年ぐらい前に師匠と殴り込んだマフィアの執務室に似ているかなと、そんなことを考える。
 床には、タキシード姿の男が一人倒れている。クルミが散乱していた。
 アクワイは体を右に逸らす。

 スリコギのような棒状のなにかが、左から前髪を掠めて右へと抜けた。


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 スリコギのような棒状のなにかが、前髪を掠めて左から右へと抜けていく。
 アクワイは抜けたスリコギの方向へと、スリコギを追うようにして床を蹴った。
 蹴った瞬間、メイス――少し短めだが、鉾に類する形の武器が破壊的な勢いで通り過ぎたのを確認し、懐に手を差し入れる。が。
 よく考えると背広姿だった。隠し武器がない。
追撃が来たので慌てて転がり、倒れている男の方へと倒れ込んだ。
 ちょっと前まで自分がいた床板が削れる音を耳に、黒革のソファを飛び越えて振り向く。
 ようやく――そこまでアクワイは彼女たちを一度も見ていない――眠たげに半眼を開き、焦点をあわせる。


 長いスリコギと短鉾を持ったメイドが二人。
 スリコギが背の高い方で、短鉾が小さい方。
「あらぁ」 間の抜けた声に、
「ち」 いらただしげな舌うち。
 彼女達はそれぞれに反応を見せ、視線を合わせ、

ずだーん。
 二人とも足元のクルミを踏んづけてこけた。

 宙を舞ったスリコギを見もせずに掴む。
 同じく宙を舞っていた短鉾は暖炉の中へと飛び込んだ。
「こんなもんか」とスリコギで絨毯を叩く。
「多少誤差があるが、概ね予定通りだな」
 メイド達は口を開いて呆然とそれを見ていたが、
「アイオン!」
「うん」
 二人のメイドが同時に左右へ散る。
 背の高いアイオンと呼ばれたほうが跳躍し、呼んだ小さな方は地面を這うように迫る。
 そのフォーメーションにいささかも動じず、まるであらかじめそう来るのがわかっていたかの様に、
――スリコギを蹴り上げるアクワイ。
 スリコギが、ふわりと緩い軌道を描き、空中のメイドへと接近する。
 驚いた背の高い方がスリコギを手で払うと、スリコギは小さい方へと飛んでいった。
「な」
「そんな!?」
 あわててスリコギを避ける小さい方。
 むろん、その程度ではさしたるダメージにはならない。
 だが、スリコギをただ蹴っただけの行為は、結果として二人に驚愕を与えることに成功し、そして、

ずだーん。

 二人してまたもや床に『偶然』 落ちていたクルミを踏んづけ、派手に転んだ。
 どのくらい派手だったかというと……

「っと、すまん……やりすぎた」
 と、思わず頬をかいて、アクワイはそっぽを向いた。
 二人のメイドは、
「うぅ……」
「このっ変態!!」
 と、真っ赤な顔で、盛大に捲れ上がったスカートをおさえた。


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「てか、お前らあれだろ」
 クルミでお手玉をしながら、へたりこんでいるメイドに訊く。
「新手の宝石専門の怪盗とか言う奴」
「げ」
「なんでわかるの〜〜」
 二人ともいい年のハズだが、ずいぶんと子供っぽい。
 髪型もよく見ればツーテールの灰髪と、長髪を末端でリボンで縛った銀髪である。
「いやまあ、それぐらいしか伏線なかったし。名前は確か……」
「い、言うな。わかったから」
「そうなのよお。恥ずかしいからやめて〜」
 思い出した、とアクワイはクルミを投げながら器用にぽんと手を打った。
「そう、“怪盗好き好きステファニー、ときどき変死してるよ二号!”」
「“怪盗好き好きジェニファー、ドキドキ恋してるよ二号”よ!」
 おお、とアクワイはもう一度手を打った。
「そう、それだ」
「お姉ちゃん〜」 恨みがましそうに背の高いメイド。
「ご、ごめんルース。つい……」
「ルース? さっきアイオンって言ってなかったか??」
「さ、さあ、どうだったかしらね」
 小さい方が、あまり豊かではない胸をはった。
「ああ、つまり名前を呼んでいるフリして何かの行動サインなわけか。
アイオンが左右に分かれて上下からの挟撃と、ルースもなんかのサインか?」
「うっ……」
「お姉ちゃん、うって言っちゃダメ〜」
「う、うるさいわね。あんたこそ言っちゃダメって言っちゃダメ!」
 漫才が続く。
「……まあ、どっちにしろ両足捻挫させたから、ロクに動けりゃしないだろうが」
 いい加減話も進まなさそうなので、アクワイは部屋を出ようとした。
「で、本当の応接間は、もう少し向こうの部屋にあるんだな。てか、何答えても行くけど」
「待ちなさい!」
 本気で出て行こうとするアクワイに慌てて食い下がる、
「なんだ二号」
「ちっがう!」
「おお、すまん一号」
「……あんた、わざと言ってるでしょ」
 猫のような目つきが怒気を含んで細まる。
「何て陰険なのかしら。きっとロクな人生送ってないわね」
 それは正解だった。
「目つきも悪いしまるで死んだ魚のハラワタみたいだわ」
「目ですらねえのかよ……」
 毒づく。これ以上いても、罵詈雑言しか聞こえてこなさそうだった。
「負けは認めるけど、ひとつだけ言わせて貰うわよ」
「その時点でひとつなわけだが」
「シャラップ!! ともかく、私達はそんな下世話なゴシッパーが付けた名前なんか受け入れない」
「それは同感だ」
「怪盗側にはリネーム権があるのですよ〜。新聞社のインタビューに応えないといけないのですけど」
「よけいなちゃちゃ入れない! 私達の真の名前! それは」
 そこで、拳を振り上げた。
「その名も輝け、夜明けの怪盗! 怪盗アカツキっ!」
「あ、夜明けにしたんだ〜。黄昏の方がドス効いてそうって言ってたのに」
「……そうなのよね」
 そして、拳を振り下げた。
「でも良く考えると黄昏だと夕方に活動することになるから、難易度が上がってしまうのよね」
 小さなメイドは腕をつかねて、真剣に悩む。
「あちらを立てればこちらが立たない〜〜」
「考えどこね」 ならいっそ「怪盗夕方から夜明けにかけて」 はどうだろうかいやそれなら「怪盗五時から出勤」 の方が、そもそも「黄昏」 でも朝に仕事してもいいのではいやそれでは怪盗としての矜持が、
――等と話し込み始めた二人をよそに、
アクワイはため息をついて、倒れている男を跨ぎ、部屋を出て行った。


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「鍵は掛けていない、入ってきたまえ」
 ノックをして入った部屋は、応接間と言うよりは会社の社長室のように思えた。
 ソファと暖炉は、応接室と同じだが、最奥に重厚な造りのデスク。
 床には――南の物だろうか、毛足の長い絨毯が一面に敷かれていて、靴の側面までを包み込んでいる。
 初めて踏む感触だった。足下がふわふわとおぼつかない。
「二人を退けたか。宝石商にしては使えるではないか」
 青い石――精密なカッティングを施したガラス玉を手に遊ぶ。
 やがて、満足がいったのか目を離し、こちらを向いた。
「いい細工だ。人を騙すだけでは物足りぬ気迫と信念を感じる」
「気づいてたんだな……って言うべきだろうな」
「無理はせんことだ。」
 悪役じみた含み笑い。
「理に沿わぬものは何一つしてうまくいかぬものだ」  
 社長はデスクで青い石をいとおしげに、まるで本物の宝石を扱うかのようにケースにしまう。
 足を組んだ。
「物は呪い石、理に沿うのであれば手に取ろうなどと思わぬだろうさ」
「ふぅん」
 とかいいつつも、実のところ何も考えていない。
 どうにも、いろいろな方面から騙されているらしいのだが、話が見えなさすぎて、思考が回らない。
「ふ、私の正体を知りたいという顔をしているな」
「いや、これっぽっちも」
「……」
 部屋の外から、クラシックの大音声が微かに漏れてきた。
何かの歌劇にでも使われた曲なのか、なかなか壮大な音楽だった。別に言い方をすればやかましい。
「ふっ、負けたよ……」
「いや、何をどう飛躍させた」
「よかろう、そこまで言うのなら教えてやろう。そう、爵位待ちのコールロイとはあくまで世を忍ぶ仮の名」
「かっこわるいなあ、その二つ名……」
「しかしてその実態は!」
 初老の貴族――コールロイ・リースワークはいきなりデスクに登り、バサッと“マント”を広げた。
 いつのまにやら、その右目にはモノクル”。頭には黒の“シルクハット”。
 風もないのに、マントが翻る。
 あまりに紋切り型でばかばかしいが、そこにいるのは、紛れもない――
「怪盗?」
「そう、そして――」
 ザッ――
 突如、後方で膨れあがった気配に、息を飲む。
(呆れてる隙に囲まれたか)
 舌打ちして振り返ると、
 そこにいたのもまた……怪盗の集団だった。
「はぁ?」
「ふはははははは」 と、マントを広げコールロイが笑う。
『ふはははははは』 と、男達が追随する。
 戦慄を覚えて思わず仰け反る。
 コールロイがさっと手を挙げると、笑い声はピタリと止んだ。
「我等こそは霧に潜む怪奇の亡霊!!」
「夜に紛れる超常の支配者!」
 男その1その2が、一歩前に出て良く響く声でそれぞれ叫ぶ。
「紳士義務を果さぬ貴族に!」
「人道を逸脱した金の亡者に!」
「神に成り代わり裁きの鉄槌を与えうるもの!」
 次々に男達が絨毯を踏みしめ、一糸乱れぬタイミングで台詞を吐いていく。
「天に平和を……」「地に安息を……」
 ここで転調した。
「我等、弱き民草をすく……守る救いのヒーロー!」
『我らは、怪盗!』
 ここで大合唱。
「怪盗、それは君が見た光、僕が見た希望」
「我等集うは、怪盗の怪盗による怪盗のための秘密結社!」
「その名を号せ!」
『ファントム・シーフ・アソシエーション!』
 響きを待ってから、コールロイが、腕を突き出して叫ぶ。
「――略して!」
『P・T・A!』
 ジャーン――と、タイミングよろしく銅鑼のような音がした。
 レコードの音だった。
「ん……オチも終わったようだし、帰るぞ」
「待たんかい」
 退場する怪盗達に着いて行こうとするところを、慌ててコールロイが呼び止めた。



[つづく]



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