And others 23

Contributor/ねずみのママさん
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金髪の天使を讃える詩




「気持ちいいですよぉ。フレッドもこっちに来ませんかぁ?」
 上のほうから呼ぶサリーの声に、フレデリック・ネルソンは困ったような笑顔で答えた。
「いや、僕は……高いところが苦手なんだ」
 月光の丘にある一番高い木の、上の方の枝に、彼女は腰掛けていた。下から見上げると、まるで、いまにも空高く飛んでいく天使のように見える。そよ風が吹くたびに、金色の前髪や大きなおさげが、わずかに揺れる。フレッドはしばし、その姿に見とれていた。あんな高いところでなければ、隣に座りたいのだが、と思いながら。
 サリーは一生懸命、遠くを見つめている。フレッドは尋ねた。
「なにが見える?」
「んーと、教会の塔のまわりを鳩がぐるぐる回っているのと……あっちの屋根の上に煙突掃除の少年がいますねー。それから、川に飛び込んでる人たちや……あ、むこうの路地では男の人が女の人に言い寄られてますぅ! これは一大事ですぅ」
 そういうと、サリーは急いで木から降りはじめた。サルのように器用に枝をつたってくる。
「えっ? 女の人が男の人に言い寄られてるんじゃないのかい?」
「逆ですぅ。だから大変なんですっ! これは絶対事件に発展するはず……」
 その時、彼女が足をかけた枝が突然ポキッと音を立てて折れた。
「あっ……」
「サリー!」
 サリーの体はふわっと空中にダイビングした。フレッドはとっさに駆け出し、彼女を受け止めようとした。が、勢いを止めることはできなかった。
 どしんっ、という鈍い音とともに二人はそのまま地面に。
 
 
「……フレッド……大丈夫ですか?」
 相手を下敷きにしたまま、サリーは尋ねた。しかしフレッドは衝撃と痛みのため、すぐには声が出なかった。
「あの、フレッド……い、生きてますよね?」
 おそるおそる、フレッドの顔を覗き込むサリー。フレッドはぎゅっとつむっていた目をゆっくり開けた。そしてまじかにサリーの顔を見つけて、ちょっと照れくさそうに苦笑いした。
「どうやら生きてるみたいだよ……。君こそ、大丈夫?」
「もちろんですぅ! 不死身の名探偵ですからっ」
 安心したのか、元気に叫びながらサリーは立ち上がった。
「さあ、あの男の人を魔の手から救いに――」
 そこでふと、いまだに地面に転がっているフレッドを、不思議そうに見る。
「どうして、いつまでも寝てるんですか?」
「あー……いや、その……」
 痛くて動けないなんて、とても言えない。どう言い訳しようかとフレッドが考えるまもなく、サリーは笑って片手を伸ばしてきた。
「はい、つかまって」
「あ……ど、どうも」
 フレッドは、自分の心臓の鼓動が早くなっているのがわかった。繋いだ手をこのままひっぱって、彼女を抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。しかし、厳格な母親の顔が脳裏に浮かび、とっさのところで踏みとどまった。
「まだ変な顔して……どこか、痛いんですか?」
 サリーが心配そうな声で聞く。フレッドはあわてて首を横に振った。
「どこも痛くないよ。なんでもないんだ、ほんとに」
 
 
 サリーをフロンティア・パブまで送っていった帰り、フレッドはとうとう自分の気持ちを抑えきれなくなった。彼は全速力で商店街を駆け抜け、住宅地へと続く途中の公園に飛び込んだ。手近にあるベンチに腰をおろすかおろさないかのうちに胸ポケットから手帳を取り出し、ものすごい勢いでその上に鉛筆を走らせていくのだった。
 
 
  初夏の風のように
  目に眩しい新緑のように
  水面に揺れる陽の光のように
  どこまでも続く大空のように
  深く静かな海の底のように
  遠い昔に聞いた子守歌のように
 
  君は僕にやすらぎと幸せをくれる
 
  その笑顔と
  金の髪と
  青い瞳と
  透き通るような声と
  手のぬくもりと
  そしてあたたかい心が
  このままずっと僕の横にあるように――
 
  それだけが僕の切なる願い
 
 
 書き終えて深呼吸する。従兄弟に指摘されるまでもなく、できの良くない詩だ、と自分で思ったが、とりあえず思いのすべてを紙の上に吐き出したので、気持ちが落ち着いた。
 夕暮れの薄明の中、フレッドは、判読しにくい文字をゆっくり読み返す。そして、ほんとうに彼女とずっといっしょにいられたら、どんなにすばらしいだろうかと、ぼんやり想像しはじめたときだ。
「なかなかいい詩だね」
 背後から若い男の声。フレッドはぎょっとして振り向いた。いつのまにかうしろから覗き込んでいたのは、金髪碧眼のハンサムな青年だった。初めて見る顔だ。どことなく憂いを帯びた瞳には、神秘的な雰囲気が感じられる。彼はフレッドの目を見て、にっこり笑い、こう言った。
「その詩、使わせてもらってもいいかな。ちょっといい曲ができそうなんだ」
 フレッドは驚いた。これはサリーに捧げる大事な詩だ。うしろから覗き見するだけでも失礼なのに、それを使わせてくれなんて、ずいぶんあつかましい男だ。
「いや、これは――」
 しかし彼がことわろうと口を開いたとき、青年はすでに澄んだ声で歌い出していた。フレッドはそれを聞いて思わず息をのんだ。
 青年が手にした白いギターが奏でる音色と、透明な声とが、このうえなく優しく美しいハーモニーを生み出している。あの詩がこんなにすばらしいものに変身するなんて、まるで魔法だ、と彼は思った。それを認めるのはちょっと悔しかったけれど。
 この歌があたりに幸せを振りまき、きらきら輝きながら、空にのぼっていくように、フレッドには思えた。天国にいるかのように、とても気分が良かった。一瞬、なにかの幻影が見えた気がした。
 気がつくと、青年の姿はなかった。歌だけが、どこか遠くから風に乗って聞こえてくる。しかしそれもやがて小さくなり、とうとう夜の大気の中に消えてしまった。
「……あれは、誰だったんだろう」
 夢から醒めたような気持ちで、フレッドはつぶやいた。
 
 
 数日後、フロンティア・パブに出かけたフレッドは、店に入るなり、サリーが鼻歌で歌っているメロディーを聞いてびっくりした。
「そ、その歌は……?」
 それはまぎれもなく、数日前彼が作った詩に謎の青年が曲をつけたあの歌だ。しかしなぜ彼女が?
「あ、いらっしゃいですぅ、フレッド。この歌ですか? いま流行っているんですよー。ちょっとすてきでしょ? ここ数日、お店に来るお客さんが酔っぱらうと必ず歌ってるのがこれなんです。もう、耳にこびりついちゃって」
 サリーはそう言って笑った。そしてテーブルを拭きながら、また歌い出す。自分のことを歌ったものだとは夢にも思わずに。
「どこの誰が作ったんだか知らないけど、流行り歌にしては品のいい詞よね。聞いているだけで幸せな気持ちになるし」
 と、モップを持ったテムズも言った。
 流行ってるって? 酔っぱらうと歌い出す?……なんてことだ! この詩はそんなことのために作ったわけじゃない。大切な、ただひとりのひとのために――。
 彼はすっかり気が動転してしまっていた。もう、泣き出したい気持ちだった。
「あれ、フレッドどうしたんですか? 顔が真っ赤ですよぉ」
 その声に、はっとわれに返る。
「あ、えーと……その、急に用事を思い出したんで……また出直してきます」
 そう言い残し、彼は逃げるように店から飛び出していった。そうするよりほかになかったのだ。 彼と入れ違いに一人の客が店に入っていったが、やはりあの歌を口ずさんでいるのが聞こえた。






おしまい

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