And others 20(case 1)

Contributor/しゃんぐさん
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 洞窟の中に銃声が鳴り響く。

 放たれた四発の銃弾が、

 自分に一発も当たらずに交差して、

 取り囲んだ海賊の二人に当たる。


「……なんで俺がこんなことしてるんだろう」

 アクワイはため息をついて煙玉を投げた。










 島国と大陸の途中にある孤島の一つ。
 近隣の者たちはそこを畏怖の念をこめて海賊島と呼ぶ。
 海賊島と言う名称は昔からの名だ。この島は大昔北欧のヴァイキングの遠征砦だったのだ。
 間違っても今現在この島に潜伏している海賊団を指すわけではない。
 つまりは海賊島に海賊が住みだしたという、なんともおそまつな話。


 海賊島は上空から見下ろすと、島全体を大きなドーナツ状の岩山が取り囲んでいるように見える。
 そしてその中心には僅かながらの緑が生い茂る平地。いわゆるカルデラ島という奴で、その島は海底火山の天辺なのだ。
 ドーナツ型の岩山はロッククライミングでもしなければ上れないほどの断崖。中心へ行くにはどう考えても難しい。
 それにもかかわらず、小さな盆地の中には大小さまざまな建物が転々と建てられている。
 岩山には外と内のいたるところに洞窟があり、その洞窟が岩山の中で繋がっていて外から中へやって来れるのだ。
 まさに天然の城壁と言える。
 だが、今その洞窟の入り口からは紫色の煙がもくもくと噴出していた。


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「まったく……えほッ……無茶をする」
 棍を持つ黒髪の中国人が苦しそうに喉を押さえて走っている。少々吸ってしまったのだろう。
「文句を言うなよ。全員が銃を持つような武装海賊たちをその棒一本でやるって言うのか?」
 立ち止まり、アクワイは少々刺々しく言った。重い外套のすすを払う。
「はは、相変わらず容赦ないな」
「普通だ普通、ほら、とっとと地図を見せろ」
 極秘に手に入れたらしい紙切れ、蟻の巣のように道が張り巡らされた洞窟の見取り図だ。
 中国人が見取り図の中心少し下を指差した。
「現在地はここ、ちょうど洞窟の中間地点だ。で、この右方の奥が洞窟の中庭への入り口。四方を絶壁に囲まれた島の中央部に行ける」
「……その中庭に頭目の館があるのか」
「ああ、だが取り敢えずは弾薬庫の破壊が先だ。船にいる鄭たちの大きな手助けになる」
「了解。……けど大丈夫なのか? 海賊相手に商船が海戦だなんて」
 そう、今かの海賊島に乗り込んでいるのは軍隊でもなければ傭兵団でもない。華僑商人に遣える船乗りたちなのだ。
 なぜ一商人がそんなことをしているか、色々と込み入った理由がある。
 一番の理由はこの海賊島が島国と大陸の国境ギリギリにあって海軍が迂闊に手を出せないから。
 少しでも間違えば軍艦が国境を越えてしまう。下手すれば国際問題にまでなりかねない。
 さらにいえば警察や軍はまだまだ忙しい。商船が襲われる程度の小事に予算と人は回せない。
 警察が探偵に仕事を丸投げせねばならない時世ではあった。
「最近の海賊は大砲使わないからな、大丈夫。あくまで目的は陽動だ。彼らとて無理はしないさ」
 船員達は精鋭の数名を除いて北の波止場で交戦中だった。男のいうとおり陽動作戦、敵の本拠地にはアクワイと数名の精鋭部隊だけが乗り込んでいた。
 目的は拉致された女性と子供の救出。
 弾薬および船の爆破。
 海賊と取引をしている武器商人を捜し当て、証拠を掴むこと。
 海賊団を壊滅させることは目的ではない。商人らしく、取引先に弾圧を掛けることで間接的に潰すつもりなのだろう。
 そのため、計画は事前に情報を仕入れ海賊本隊が遠征に出張っている間隙をつくという徹底振りだった。
……まあ、これでようやく戦力が釣り合うと言うのだから、海賊団の戦力は計り知れない。
(本当に何でこんなところにいるのだろう……)
 アクワイは軽くため息をついた。地図を見て、洞窟を見て、作戦を練る。
「華僑、あんたは……」
「丁だ、呼びにくければティムでいい」
「あんたは攫われた人を解放しろ。女子供は生きているはずだ。こっちは俺だけでいい」
 中国人――ティムの苦言を無視して、地図の奥の部屋を指差す。
 相当な無茶を言ったつもりだったが、意外なことにティムはあっさりと頷く。
 自分の噂を聞いているのだろうか、流石は名高い華僑商人だけはある。まあ、それが気に入らないわけだが。
「気に入らないな」
「海賊が?」
「海賊も、政府も、お前ら華僑も全部だ」
 アクワイは華僑が好きではない。あの戦で裏を引いていたのが華僑マフィアだからだ。
 それを一商人にまであてつけるつもりは無いがどうしても刺々しくはなる。
「……一ついいか?」
「その時点で一つだな。いいけどさ……」
「排斥派の君が何故この話に乗った。しかも無理やり志願して、だ」
 アクワイは顔をしかめた。やっぱりこのいけ好かない商人は自分たちの部族のことを知っているみたいだ。
 排斥派とはアクワイが暮らす部族の鎖国推進派。一族の末姫を族長に向かえ近代文明に触れることなくのんびり暮らそうと言う派閥。
 本部に住まう長老を初めとする大半の民がこれだった。
「最近、維新派に鞍替えさせられてね」
 維新派と言うのはそれ以外の推進派たち。アクワイの主やその兄弟姉妹が主導者だ。ちなみに排斥派が自分たちの派閥以外のものをそう呼ぶだけであって、維新派は一枚岩ではない。
 話を聞いているのかいないのか、ティムが薄暗い洞窟を見回してとつとつと語りだした。 
「……この島の海賊は元を正せば大国との戦争による被害者が、初期のメンバーだ。――大国の理不尽な暴力に滅ぼされていった人たちがね」
 初耳だった。もっとも、大方そんなところだろうとは思っていたが。
 自分には物事の瑣末なことを見て大体の本質を見極める力がある。それぐらいの予想はすぐに立つ。
「まあその辺は君も知ってるとは思うが……それでも君は戦えるのか?」
 知らないっつ〜にと思いながら、どう答えたものか考える。
 ティムはなにやらこちらをじっと睨んでいる。こちらの本質を見極めようという腹積もりらしいが、別の理由があるように視える。
 何となく理由が読めたので、お茶を濁してやることにした。
「――義を見て為ざるは勇無きなり」
 ティムの目が大きく開き、瞳孔が丸くなった。
 その言葉は華僑が持ち込んできた思想書に書かれていた格言だった。
 驚くその表情に、少し得意げになりながらも半眼で答える。
「……悪党が目の前にいるんだ。倒すのに迷う理由はないだろ? あんたが何を迷っているのか知らないが、あいにく俺は理由とかそんなもの好きじゃない。言葉なんてのは思いの一部を切り取ったものに過ぎないからな」
 微笑みもせず、肩をすくめる。
「そうか……そうかもな」
 ティムが棍を肩において目を閉じて黙考し、なにやら納得の仕草をした。
「若!」
 と、後続の精鋭数名がティムの傍に近寄り合流してきた。
「こっちだ」
 ティムが指示を下す。即座に彼女たちは左の道を進み出した。
 それを追うようにティムが体を向けてから、ふと振り、
「気をつけろ。敵は蛇蝎のごとき狡猾で周到な奴らだ。船乗りの家族を人質に取り脅迫するような外道だが相当な手練がいるに違いない」
 いい加減めんどくさいので無視していると、前を向いて一言。
「礼成す友よ。また会おう」
 そう言って去って行った。


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 砲撃の音が、波打ち際で怒号する。水しぶきが潮風に舞い、火薬の爆発がそれをさらに翻弄する。
 一隻の武装商船(最新の蒸気船)が港場の沿岸で砲撃を繰り返していた。
 本隊が出払っている海賊側には戦う船が僅かで、怒れる商船団を相手にそれで応戦するつもりが無いのかぱらぱらと抗戦してくるのみ。
「荒らされるのを覚悟で白兵戦狙いか、考えてはいるようだな」
 揺れる船体に構わず、蓄えた髭を摩り黙考する鄭。
「接岸しますか?」
 操舵士が尋ねてきた。いかつい顔の中年親父だ。
 鄭は、白い眉毛の下から覗くように700m先の敵を見据え、さらに奥を見つめてから首を振った。
「無理に危険を冒す必要はねえ。合図があるまで砲撃続けてとけばいいわな」
「あい、了解」
 商船左舷の連装砲が海賊の陸上砲を破壊した。


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 点在する蝋燭の灯りが続く大洞窟、幾つもの分岐と角を曲がる。
 蝋燭に赤い光が四人の侵入者を照らし、ゆらゆらと影を映す。潮風がわずかに入り込んできていた。
「どうなさいました若。難しい顔して?」
 カンフーシャツを着たシニョン・キャップ(団子頭をくるむシュウマイみたいな飾り)の少女が、併走するティムに声をかける。
「怒りを遷(うつ)さず過ちをふたたびせず……か。真の正義はああいうのを言うんだろうな」
「首突っ込みの若とは思えない台詞ですね」
「……乗り気じゃなかった。同郷も多い。まあ、それゆえの油断だった訳だが」
 悲しげに首を振る。近い土の天井を仰ぎながら、
「ウチの船の一つがやられなければ恐らく今でも動いてなかっただろう。――人はどうしても身内に甘くなるんだろうな」
「あの青年こそ身内贔屓の権化だと思いますけど?」
 不服そうに言う彼女に苦笑こそしたが頷きはしない。
「彼は身内にも厳しい。賭けてもいいぞ」
「え、えぇ〜……よしてください。若の血統の博打ほど怖いものは無いです」
 青ざめて少女は、装飾の多い銃をホルスターから取り出して胸元に構える。後続の二名の部下もそれに習った。
 ティムは「どういう意味だ?」 少々憤慨しながらも棍を構えた。
「あの……本当にそれで戦うつもりで?」
 その棍を見て柳眉を寄せておずおずと訊ねる少女。
「ああ、そのつもりだ。――だが」
 左右に立てかけられた蝋燭がほぼ同時に弾け跳び粉々になった。
 一瞬で闇に包まれる洞窟。
『なっ』
 進行方向から声。そこには蝋燭に照らされた海賊二人が煌々と照らされていた。
 棒を持つ影が神速で近寄り、突然の闇に驚いた二名を薙ぎ倒す。
 ティムだった。目にも止まらぬ勢いで蝋燭を棍で破壊し、生まれた闇に乗じて一気に間合いを詰めて敵を撃破したのだ。
 少女には敵の気配はおろかティムの動きすら目で追いきれなかった。
 逆光に照らされてティムが穏やかに答える。
「誤解するな。銃より確実だから選んだに過ぎない。もとより容赦などするつもりはない」
 穏やかだが、眼が笑っていない。言葉違わず、海賊達は泡を吹いて気絶している。骨の一二本は折れていることだろう。
 ティムが何も言わずに走り出す。
 少女と残る二人の部下はしばし顔を見合わせてあっけに取られていたが……やがて頷き合って、追走しだした。
 銃声と砲撃が絶え間なく響いている。
 広い場所に出た。


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 洞窟の出口(あるいは入り口)から銃声が連続して響いている。どうやらティムたちが敵と出会ったらしい。
 やけに敵が多い。ありえないことにほぼ全員が銃を持っている。完璧な武装だ。
 襲撃がばれていたのかもしれない。そんなことを考えながら洞窟の外に出た。
 まぶしさに思わず目を細める。暗い洞窟から一気に昼間の日差しだ。
 じめっとした洞窟の空気が薄れ、秋の冷たい潮風が髪をそよがせる。砲撃の音と波の音が微かに強まった。
 久々に見た太陽と青空。断崖絶壁が背後にあるが陽の光は南中に差し掛かり照り輝いている。
 絶壁に囲まれているはずの平原は予想よりも広かった。大きな岩や小屋らしきものが何個もあり、地平線が遠い。
左右に伸びる崖と地平線から少しだけ出た岩山が無ければ谷間にいるとさえ思えない。
 どこか牧歌的な光景に、アクワイは少々気勢がそげながら、
「……まあ、確かにキャラじゃないか」
 ひとりごちる。
 一族の忠実な猟犬として育ったアクワイが、自主的に、しかも一族に関係の無いことに首を突っ込んでいるなんて信じられることではない。
 まあ、もっか無職に近い有様だから、何しても自由と言えば自由なのだが。
「気晴らしさ、憂さ晴らし……」
 海賊退治なんて単なる気晴らし。溜まったストレスのはけ口。ただそれだけなのだ。
 理由なんて考えるだけ面倒だ。言葉に出来るほどもはっきりしていない。
 そう、例えバイト先の船が海賊に襲われ、さらには知り合いが殺されたのだとしても。
 殺されたそいつが異国に慣れないアクワイにいろいろ手を焼いて世話してくれたとしても。
 偶然その船には自分も乗っていて、善戦したのに、一緒に乗っていた彼女を人質にとられて胸を撃たれ……まあ、例えそうだとしても。
 それだけが今ここに自分が立つ原因だとは思えない。
「関係ない。関係ない……けど」
 胸が少し痛んだ。目を開き周囲を眺める。
 十数名の男たちが、アクワイ一人を囲み銃口を向けていた。
 撃たれれば蜂の巣のその状況でアクワイは軽くため息をついて、ぼやいた。
「とりあえず仇は討つよ、アラン。俺にはその未来しか見えないらしいし」
 2丁のコルト・パイソンを同時に引き抜く。
 火薬の弾ける音が谷間にこだました。


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「人質を解放しろ!」
「するかボケェ!」
 喧しい声に硬い石のベッドから起こされる。全く、独房は静かなだけが取り柄だというのに。
 十数名が閉じ込められた一つだけの牢屋、確か奴隷をまとめて積めて置く場所だ。
 そこは潮と体臭の混じった独特のにおいが何とも臭く、天然の拷問といっても差し支えなかった。
 古めかしい錠前が掛けられていて、一応のところ脱出は不可能。ここは、そんなところだ。
 さて、牢屋の外の広間(牢屋と広間と広間の入り口は、たんこぶと頭と首の位置関係に似ている)が凄いことになっていた。
 凄い上にややこしかった。
 まず、海賊のほとんどが血を流して倒れていたのだ。気絶しているか絶命しているかのどちらかだろう。
 で、その海賊を倒した東洋人らしき男はと言うと、棍棒一本しか持っていないのだ。
 まあ、ありえない状況と言うわけでもない。自分の尊敬するあの人なら、それぐらいの芸当は訳も無い。(そういえば下見に行くと言ってから随分と経ってしまった。心配してないと良いんだけど)
 何が問題かと言うと、劣勢を悟った海賊(残り五名)が彼の言う人質(十数名)を盾にしているのだ。ありがちだが、これは手が出しにくい。
「道をあけろ!」
 少年と少女と女性を三人が首を捕まえて銃を突きつけて、残り二名が牽制をしている。
 子供の人質は顔をくしゃくしゃにして泣き叫んでいたけど、女性の方は気丈にも黙ったままじっと耐えていた。
 あの人は、確かこの絶望的な牢内で皆を一生懸命になって支えていた凄い人だ。
「……安心しろ、逃げ切れれば人質は解放してやる」
 非常に嘘っぽい、というか嘘だろう。言ってる海賊本人が自分で嘘臭く感じてそうなぐらいだ。
 形勢的に海賊が圧倒しているみたいだった。棒使いの後ろにいる味方らしき人達が怪我を負いながらも銃で牽制していなかったら、いまごろ東洋人は撃たれていたことだろう。
 と、ちょんちょん、と肩をつつかれた。
「……ちょっと、坊や。何とかならないの?」
 隣で固唾を呑んで見守っていた妙齢の女性が、寝起きでぼんやりと眺めていた自分に声をかけた。
 坊やかどうかはさて置いて、牢屋内の人間で男なのは自分だけなのだ。状況を見かねて声をかけたのだろう。無理も無い。
 金髪の青年は重い瞼を擦って欠伸をした。
「しかたないっスねえ……」


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 敵の銃が火を噴くかと思われた瞬間、アクワイは銃を空に投げ捨てた。
 宙に浮く銃。気をとられる海賊たち。
 海賊の一人が、はっとこちらの動きに気づく。
 アクワイは外套を被るように地面に伏せていた。
「ふ、ふせろ!」
 遅かった。突如洞窟を響かせるような爆発音とともに、数百にも及ぶ小石程度の鉄球がばら撒かれる。
 それは、アクワイがあらかじめセットしていた『前方50mに箱に詰められた数百個の鉄球が火薬の爆発で勢い良く飛び出す地雷』 と言う、聞くからにぞっとする、一族御用達の爆弾だった。火薬の質が悪く殺傷力こそ無いが暴徒鎮圧用のトラップとしてはこれほどの武器は無い。
 灼熱の鉄の球が男たちにもれなくばら撒かれ、
「いた、いたたたたたたた!!」
 アクワイもその何発か背中に受けた。外套が無ければかなりの打撲を被っていただろう。銃弾ほどの勢いが無いのがせめてもの救いだった。
(毎回思うけど……なんでウチの一族はこんなの開発しているんだろう……)
 撃たれながらも、やっぱり異文化交流は「排斥」 すべきだと決心する。
 ついでに「二度と注文するか」 と、頭の中で通販のカタログに×をつけた。
 ちなみにこの地雷、後の世に対人指向性地雷『クレイモア』 と言う似たような――だが威力は段違いの殺傷兵器が誕生するが、いくら過去の連続から未来を予測できる特技を持つアクワイであろうと、そんなことは知りえるはずも無かった。


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 ティムは先ほどから一人だけ平和そうに寝ていた青年が石のベッドをズズズと動かすのを見てぎょっとした。
 石をよけた下に、ぽっかりと抜け道ができたのだ。牢屋に抜け道なんてなんとも間抜けな話だが、今はそんなことどうでも良い。
 牢屋に残されたままだった人質たちが青年の指示で一人ずつその抜け穴を通っている。
 海賊たちと言えばこちらを油断無く見据えて、未だに気づいていない。
 ティムは己の成すことを即座に悟り、唾を飲み込んで声をあげた。
「分かった、用件を受け入れよう。だが、その前に人質を解放しろ」
 洞窟内に良く響く声。
「ふざけるなよ。二人撃ち殺してから出て行ってもいいんだぞ」
「OK、これならどうだ? 君たちが大人しく投降すると言うなら君たちに安定した仕事と地位を与えよう」
『なっ』「若!」
 非難の声を多少わざとらしく無視する。
「見てのとおり、自分は君と同郷の人間だ。ああ、そこの君は違うようだが似たような境遇だろう。だから君たちの恨み辛みは分かるつもりだし、船さえ襲われていなければ恐らく手出しはしなかった」
 少なくとも今は嘘となった台詞を吐く。
「無論、仕事は故郷の方に用意する。孝を成す絶好のチャンスだとは思わないか?」
 人間の感情の根底、すなわち愛郷心に訴えかけて説得を続ける。
 この辺の交渉術は商家として幼少から叩き込まれてきた帝王学だ。
「ど、どうする……?」
「ば、馬鹿。嘘に決まってるじゃないか」
 効果は抜群のようだ。
 人質を取っていた一人が不安げに顔を合わせ、慌てて他の海賊が否定する。
 断続的に続く砲撃、どこからか響く爆発音に銃声が聞こえる。それらが更に海賊たちの不安を大きく掻き立てる。
「君たちも、いつまでもこれで良いとは思ってないはずだ。人を殺めて生活するだけの毎日。楽しわけがない」
「う、うるさい!!」
 拳銃を構えてティムを牽制している男が、声を荒らげた。
「ごたくは沢山だ、とっとと道をあけろ! じゃねえと、残りの人質の頭全部ぶち抜いてから――」
 男はそこでようやく牢屋を見た。
 牢屋はもぬけの殻だった。
――いや、一人の青年が石のベッドで胡坐をかいて座っている。
「ちわっス」
 にへっ、と笑い手を振る青年。
 あっけに取られる海賊。
 ティムはその隙を見逃さず、棍を持つ手に力を込めた。


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「ちわっス」
 面白いほどに動揺している海賊が自分に銃をつきつけてきた。
「お、お前は誰だ!」
 混乱の極みに達する海賊。
 青年は首をかくっとこけさせた。
「誰って……あんたらが洞窟を探検してるオイラを牢屋に放り込んだんじゃないっスか」
 そして疲れていたので今まで寝ていたのだ。
「ひ、人質はどこへやった?」
「あ、やっぱり気づいてないっスか? 付近の村の伝承にちゃんと、スプーン一つで穴を掘って脱獄した旅人の歌があるんスけどね〜」
 床下の穴を見せびらかしてひょうひょうと言ってやる。
「ぬ、抜け道だとぉ!?」
「石のベッドが邪魔だったっスけどね――それより」
 金髪の青年はこちらを向いている海賊に、後ろを指差して言ってやった。
「オイラと話してる余裕あるんスか? お仲間さん全員やられちゃったっスよ」
「な――」
ガツ――
 振り向いた男の拳銃が下から弾けて飛んだ。
 指の折れた痛みが伝わってないのか、男は飛んだ拳銃をぼんやりと見つめて、
ゴン――
 側頭部に棍の一撃を受け、あっさりと倒れた。
「指揮官が正気を失ってどうする」
 見下げ果てたとばかりに毒づく東洋人。実に見事な手並みだ。
「おみごとっス」
 金髪の青年が素直に感心して手を叩いた。気を引けば何とかしてもらえるだろうとは思ったが、まさか一人でするとは思わなかったのだ。
 まあ、目にも止まらぬ早業だったけど、もう少しマシなリーダーか海賊全員が考えて行動していたらこうはならなかっただろう。
 一人がしゃしゃり出た結果、他の海賊は従うことを選択し考えるのを止めた。
 命令を待つだけで咄嗟の対応も出来い。そんなのは飼いならされた動物と一緒だ。東洋人が一瞬で叩き伏せるのには造作も無い話だった。
「君は?」
「オイラの名前はテリー。トレジャーハンターっス」 
「宝探し? こんな海賊の島に?」
「海賊は海賊でも大昔の海賊キャプテン=スパシーバの財宝だったんスけどね。いやあ、まさか本物の海賊がいるとは夢にも。“アニキ”の情報、かなり古かったみたいっスね〜」
 金髪の青年――テリーは「とほほ〜」 と冗談めいて肩を落とした。
 遠くでは砲撃と銃声の音が未だ続いている。
「なんか派手にやってるっスね。けどこんな少人数で来て大丈夫なんスか?」
「あ、ああ。心強い味方がいるからね」
 東洋人の彼は、少しあきれた様子でそう答えたのだった。


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 そのころアクワイは逃げて逃げて逃げまくっていた。
 暗い、木造小屋の一室。
「あっちは……決着が……付いた……かな」
 息も絶え絶えに呟く。
 あの人は無事だろうかと考える。少々気になってはいた。
「まあ……多分。大丈夫だろ。あの商人もいることだし」
 華僑の戦闘員とは何度もやり合っている。強さだけをとれば信頼に足りた。
 少しむせた。胸を押さえて何度も堰をする。
 なんとか呼吸を整え、全弾撃ち尽くした二丁のコルト・パイソンを引き抜いて、シリンダーを傾け空薬莢を地面にぶちまける。
 同時に胸ポケットから弾丸を装填したスピードローダーを口で咥えて取り出した。
 レンコン型の弾倉につっこんで歯で取っ手を噛んで捻り弾丸を落とし込みながら考える。
(……襲撃を予測してたのはいいとして、なぜ外で待ち伏せしていた?)
 おかしな話だ。逃げ場の無い洞窟の方が圧倒的有利と言うのに。
 装填したコルトをホルスターに収納し、もう片方は手で装填する。
(まあ、そういうことだろうな)
 考えても意味が無い。スピードローダーに新しい弾を詰めながら別のことを考えることにする。
「……火薬が多くあったのが幸いだな。これならここを全部ふっとばすぐらい問題ないだろう」
 足元にセットした時限爆弾を確かめる。
(弾薬庫を爆破した騒ぎに乗じて本拠地を攻める。できるか?)
 と言ってもやるしかない。
「まあ、本拠地といっても頭目が住んでるだけの館のようだし、忍び込むのは楽だろうな」
 ここに至るまで、海賊の子分たちが寝泊りしている施設らしき小屋が何個もあった。どうやら海賊たちは島のあちこちに住んでいるらしい。
 立ち上がり、爆発間近の小屋から出て行こうとして、
「……っげほ……っほ……」
 火薬のきな臭い匂いにむせ返り、思わず口を押さえる。
「やれやれ。まだ息が……戻って……ない、みたいだな……」
 随分休んだというのに全然回復していない。
 路地裏で隠遁としているのも、なかなか問題があるようだ。


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「もう出てきていいっスよ」
 と、金髪の青年――テリーが抜け穴に向かって叫んだ。ぞろぞろと出てくる人質にされた女性と子供たち。
 ティムは牢の鉄柱越しに穴を覗いた。
「外には通じていないのか?」
「通じてはいるっスが、出るのは島の外じゃなくて中心。『哀れ旅人は勝利に喜ぶヴァイキングたちの真っ只中へ』
――こっからが面白いんスけど。聞くっスか?」
 おどけたしぐさで歌うテリー。
 ティムは肩をすくめて、
「残念だが時間がないな。後で聞かせてもらおう。――誰か!」
 包帯を右腕に巻いた少女が即座に応えた。
「怪我は?」
「皆、たいしたことはありません」
 ぞろぞろと集まっている捕虜の人々。残りの二名の船員が牢屋越しに彼女たちをなだめている。
 ちなみに彼らは西洋人の精鋭で、人質がおびえないためのティムの配慮だった。
「良し、ではこの人達を連れて予め決めていた退路で先に逃げろ。船は使って構わない」
「……若は?」
「中央を攻める。どうも敵は待ち伏せしてるらしい。彼が気に掛かる」
 その返答が意外だったのか、少女は驚いてすぐさま反論してきた。
「そんな! 危険すぎます。それに、あの青年が本当に噂どおりなら」
「ああ、彼があの“アクワイ”なら助力は無意味かもしれない。だけど、」
 目にも止まらぬ速さで棍を振るい、牢屋の錠前を破壊した。
ヒュゥ――とテリーが口笛を吹く。 
「友を見捨てるのは仁義にもとる」
 少女はそれでも何かを言おうとして、結局やめた。
 眩しそうな目で後姿を見て、微かに笑う。その背中をそっと押した。
「……後武運を」
「ああ……ありがとう。リエン」
「彼女さんっスか?」
「いや、違うが」
「え!?」
 なぜかリエンが驚いた。まあそれは良いとして、
 棍をくるりと回して肩に掛け、ティムは牢の奥へと進む。
「アクワイ?」
 と、意外な方から声がした。先ほど銃を突きつけられて人質に取られていた女性だ。
 顔中、泥と痣だらけの彼女は不安げにティムへ詰め寄り、
「アクワイってまさか……こう、いつも重苦しいマントを巻いて年がら年中隅っこで眠そうな目をしてそうな、あのアクワイ? 彼がここに来てるの!?」
「……多分そのアクワイだと思うが。なんだ、知り合いか?」
 少々、面を食らうティム。まさか知り合いがいるとは思わなかった。
 その女性は真っ青になってティムの肩を掴んで大声を上げた。
「あぁ、なんてこと! ……お願い! 彼を助けてあげて!!」
「あ、ああ……もちろんそのつもりだが、多分彼一人でも十分……」
「そうじゃないの!」
 悲鳴に近い叫び声。全員がその声に息を飲んで静まり返った。
 その女性は必死の形相でとんでもないことを叫んだ。
「彼、あの人と一緒に戦って……胸を撃たれてるの!」
 ティムとリエンは思わず顔を見合わせた。
「重傷なのよ!!」


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 爆発三分前の小屋のバルコニーを降りたとたん、
「――っげほっげほ……っ!」
 急激にまた咳が酷くなって来た。
「えほっ……臓器は痛めてないとは言え……仮縫いと、麻酔だけじゃ……無理があるかもなあ」
 アクワイは思わず包帯だらけの胸を外套の上から軽く押さえる。
「ま、だましだましやるしかないよな」
 ため息をつこうとして、
ゴプ――
 鉄の匂いが鼻腔に込み上げる。熱い物が喉に溢れてきた。
 口を押さえる手と胸と外套が鈍い赤色に染まり、
「あ、あれ……?」
 ふっと目の焦点が遠ざかり、目の前の視界が明るく眩しくなっていく。
 力が抜けて膝をつき、
――アクワイはそのまま地面に倒れこんだ。
 遠くで砲撃の音が聞こえた気がした。


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 大きく揺らぐ船体。鄭が手すりに両手を預け、髭を摩れずに呻く。
「右舷被弾! 穴が開いたぞぉ!!」
「大砲を右に持って行け、とにかく応戦しろ!!」
「どうすんだ!! 爺さん、こいつぁやべえぞ!!」
「むう……」
 とめどなく上がる水柱、商船の乗組員と傭兵たちは慌しく走り回る。
 威圧するように車輪を動かす大型蒸気船、二隻。
 そして水平線を埋めるようにどんどんと増えていく小船の群れ。
「まさか引き返していたとは、な」
 忌々しげに呟く鄭。
「……若旦那、これ以上は持ちやせんぜ?」
 海賊団の本隊が帰ってきたのだった。  

CASE:1 over.

CASE:2》
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