And others 11(Part 2)

Contributor/哲学さん
《Part 1
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 精霊(ハスラ)が飛び交い、命の流れを造り出す。
 白銀の世界を淡い命の輝きが流れとなって包み込む。
 僕を運ぶのは風と氷の精霊達だ。
 そして、僕は辿り着く。洞窟の中心部。この山の主の封印されし場所に。
 僕は精霊達に礼を言うと、ゆっくりと歩を進めた。
 目の前には上下に洞窟を貫く光の柱があり、その周囲を精霊達が怖がるように周回している。
「可哀相に……力を半ば封印され、現実世界との繋がりが急速に失われている」
――おお、そちが後継者か――
 場に声が満ちる。そう、この部屋の主の声だ。僕の霊力に呼応するようにして封印が弛んでいるのだ。
「はい。我が母、チェルシー=プリス=ハイドよりプリスの名を継承しましたアリスト=プリス=サンクェスト=フェルディールです。そして、最後のシャーマンとなるべくあなたの前へ推して参りました」
 僕はややかしこまって語りかける。
――ついに、最後となったか――
「ええ、残念ながら」
 ドルイドの生活を捨て、貴族と結婚した母は、皮肉にも一族最大の霊力を持つ自分を生んだ。そして、両親が死に、財産を失った僕が行き着いた先が母のいたドルイドの集落だった。僕は母の名と役割を継承し、力を得た。
 だが、予言者は言う。時代が変わり、僕を最後にして世界はシャーマンを必要としなくなるらしい。
 なんとももの悲しいことだろう。
 大地を、楚良(そら)を、その間隙を駆け抜ける数多の精霊達の織りなす命の流れ、美しき「幻想」――それらが全て失われる。これほど馬鹿げたことはない。
 みんなは何故この美しい世界が見えないのか。何故、必要としないのか。いや、むしろ人々は嬉々として「幻想」の領域を浸食し、破壊していく。見えないモノを「畏れる」ことを忘れ、ただ「恐れ」と共に低俗な無機質の森を作っていく。
 僕は幼少から『幻想』が見えていた。人々に忘れられたるもう一つの世界。もう一つの現実。無論、僕は不思議に思い、両親に聞いた。父は僕を逞しき創造力の持ち主と誉め、音楽を教えた。そして母は笑いながら、感じるがままに物事をみつめなさいと言った。
 果たして僕は今此処に立ち、精霊達と共にある。
 何故人々はこの美しき世界を忘れたのだろう。
 何故人々はこの美しき世界を壊そうとするのだろう。
 何故、人々はこの美しき世界を――捨てたのだろう。
 分からない。
 ただ、時代は予言通りに『幻想』の力を薄れさせ、失わせようとする。
 だが、僕の役割はそれとは逆行する『解放者』だ。薄れ行く世界の力を解放し、『幻想』を拡域するのが僕の役目。だから――。
「山の主よ、偉大なる精霊(ハスラ)よ。我がプリスの名においてその力を解放しよう」
 僕はただ自分の道を歩くのみ。


はぐれ者達の賛美歌 (中編)


「見つけたぞ」
 老人の声と共に戦いの火蓋は切られた。
 目つきの悪い男と髭男は咄嗟にその場を飛び退く。次の瞬間に彼等の荷物が粉みじんになり、中から大量の札束が出てきたことからその判断は正しいと見える。
「畜生! 俺達の稼ぎが!」
「はん、小悪党が何を言う。人様のモノを奪って置いて偉そうに」
 そう言って老人は右手に手にした銃の引き金を引く。だが、その腕は微動だにしない。しかし、その腕から放たれた鋼の悪魔は洞窟の壁に衝突すると同時に激しい炸裂音と共に爆発した。
「ひゅー、ブレイムスの特製火薬は効くわい。さすが『鋼の後継者』と言った所か」
 老人はそう言って銃口から立ち上る硝煙を軽く吹きながら、脳裏に気弱そうなバンダナをした少年を思い出す。彼の父とは何度も衝突したことがある。妻を奪い合った。戦いについてなんども喧嘩した。そして、死に別れた。しかし、彼は病による静かな死だったという。面白くもない話だ。
 男は、戦ってこそ命を漲らせ、輝くのだ。そして、成長し、更なる強さを手にする。
 そして、脳裏には疲れた目をした青い髪の青年が浮かび上がる。
「お前もそう思うだろう――ブラウニングを継ぐ者よ」
 ニヤリと笑って老人は引き金を引いた。
「さぁ、儂を楽しませろ。相手をしてやるこの“暴風なる”エアロ・スミスが!」


「畜生! なんて恐ろしい弾丸だ!」
 目つきの悪い男は壁に隠れながら悪態を付く。反則的な破壊力をもつ弾丸に攻撃に転ずることが出来ないのだ。
「違う――本当に恐ろしいのは弾丸や銃じゃねェ。あのクソジジイの方だ!」
 髭男が相方の言葉を否定する。
「あのジジイ、これだけの威力を持つ弾丸を片手で撃ってるにも関わらず銃身がひとつもブレていねェ。普通ならそんなコトしたら腕がイカレちまう。――ありゃあ馬鹿力と集中力を持ち合わせたバケモンだ」
 しかし、そんなことが分かっても二人にはどうすることもできない。誰かが助けにでも来ない限り。
 だが、その救世主は突如として現れる。二人と老人の前にマントが舞い、一人の青年が飛び込んでくる。
 老人は咄嗟に背後へ飛ぶ。僅かに遅れて老人の腕を切断するように銀光が縦に通り過ぎる。
「チャンス!」
 髭男と目つきの悪い男――強盗達は同時に壁から出て青年もろとも老人を狙う。
 が、青年の左手に現れた黒い棒が回転しその弾丸を弾く。
「させないよ、人殺しなんてね」
 そう言って青年は笑顔と共に実の父に斬りかかる。だが、老人もそれをかわしながら銃弾を放っていく。しかし、そのどれもが青年を捉えきれない。
 互いが決定打を打てぬまま斬り込み、打ち込み合っていく。しかも、強盗達の撃つ銃弾を避けながらだ。そんな化け物の戦いに強盗達はやがて撃つのを止めて見とれてしまう。
 激しい刀と銃弾の応酬。それはまさに命を賭した死の舞踏である。
 二丁の銃を時間差で老人が急所へと打ち込むが、それ以上の素早い動きで青年は距離を詰め、手元が霞むと同時に次の瞬間には白銀に輝く美しい刀身が老人の銃の銃身としのぎを削っている。
 しかし、青年が完璧なタイミングで抜きはなった刀を片手で受け止め、あまつさえ強引に銃身で老人は青年を圧倒し、体ごと弾き飛ばす。そしてもう一方の銃で青年の眉間へ銃弾を撃ち出すが、その時には既に青年の姿はそこになく、老人の背後へ廻っている。 そして二つの影が重なり合う。
 一瞬の交錯の後、青年の体は背後に弾き飛ばされる。老人の両手は左右へ開き、大木のように太い足が前へと伸びている。距離が近すぎるために肉弾戦に切り替えたのだろう。
「お前は刀に頼りすぎだ。そんなことでは――」
 老人はそう言って銃口を強盗達の方へ向ける。
「誰も守れない」
 引き金を引こうとした瞬間、老人の顔の元を鋭い何かが回転しながら飛来し、老人は思わず顔をのけぞらせる。そして、崩れた姿勢から放たれた銃弾は目つきの悪い強盗の肩を貫く。
「がぁっ!」
「大丈夫かっ!?」
 髭面の強盗が相棒の体を起こす。
「逃げて! はやく!」
 青年が体を起こしながら言う。
「パパは本気だ」


 実父――エアロ・スミスはゆっくりと首を巡らせていた。その視線の先には洞窟の岸壁に刺さっている扇子が有る。そして、ゆっくりと自分の頬をさすった。そこには一条の切り傷が出来ていた。うすい、とても薄い傷だ。その血の少なさこそがよりいっそう凶器の鋭利さを物語っていた。回避が遅れていたら間違いなく失明していただろう。
「ほう、――いい目をしているじゃないか」
 3たび首を巡らせた先――つまり、地面から起きあがった風雅・カトマンズ・スミスの顔を見て父は楽しそうに笑う。
「一瞬――殺気が出ていた」
 風雅は何も応えない。
「否定するな。お前は私を殺すつもりだった」
「違うよ、パパ」
 風雅はそう言って鳩尾を押さえつつ父をにらみ返す。
「大人げない父に怒りを覚えただけさ」
 洞窟の分かれ道で別れた後、銃声を聞きつけて駆けつけてみればこの様だ。悪党をついでに警察に突きだしてあげようと父を誘ったのは往々にして間違いだった。だが、何よりも間違っていたのは父から目を離したことだろう。どうせ自分だけ山に登れば父はどこかで人を殺しているだけだ。
 父は自分の相棒のように死を選別しない。死神ですらない。父は――そう、戦いの神に魅入られた忠実なる殺戮者だ。だが、自分では止めることしかできない。もどかしい。自分はこの程度なのだろうか。いや――。
「……はしゃぎすぎだよ。パパの目的は彼等じゃないでしょ」
 刀を鞘に収め、彼は『必殺』の距離を測る。
「強者との戦いは目を瞑ってあげる。でも、それ以上は僕もゆるさない」
 老人は一歩も下がることなく実の息子を見おろす。
「ゆるさないだと? お前はそんな事を言うのか?」
「言うよ。諦めないことを彼から学んだからね」
 前傾姿勢になりながらすり足で風雅は距離をじりじりと詰めていく。
 が、次の瞬間涼やかなる音色が張りつめた洞窟の中を風と共に流れてくる。
 だが、二人は動かない。
 しかし、次の瞬間二人の視界が途絶えた。


――鮮やかな手並みだ――
 山の主たる精霊シュヴェリアは言う。その姿は風の衣を身に纏う美しき半裸の女性である。
「有り難うございます」
 アリストは恭しく頭を垂れながらもその手を止めない。彼が『幻楽器』から奏でる『幻楽』は精霊達の力を活性化させ、人々を『幻想』に誘い、現実の力を拘束する。『幻想』の中では、人は精神の力によってその強弱が決まる。
 だが、いかに強い人間でも突然の世界の変容に戸惑い、その隙にアリストは幻覚を洞窟の侵入者達に送ったのである。今頃彼等は夢の世界で過去の幻影を求めて彷徨っている だろう。
「しかし、強盗が居たなんてね。やれやれだよ。山に登るのは僕だけだと思ってたのに」
 アリストは頭を抱える。彼等をどうやって下山させるか非常に悩む所だ。
――まあ良いではないか、ご苦労じゃ――
 シュヴェリアはそう言ってアリストの周りを舞う。久しぶりの力の復活に気分が高ぶっているようだ。
「――しかし、何故人は『幻想』を捨てるのでしょう?」
 アリストは悲しい目でシュヴェリアを見る。彼女の周りには白銀と淡き蒼色の光が眩いばかりに輝き、流動している。
「僕は、何故この美しい世界を捨てるのか分からない。捨てるとするならば何故僕は存在するのか。何故今まで存在し続けたのか。その意味は何故失われるのか。僕には分からない」
 精霊シュヴェリアは静かにアリストに語りかける。
――全ては運命。流れる川はあるゆるものを押し流していく。向かう先は皆同じ。されど、その流れる全てが終わりに辿り着くとは限らない。汝が今ココにいるのにも、人が変わっていくのにも、全てに意味があるのじゃ――
 その言葉にアリストは苦々しげに首を横に振る。
「では何故、あんな関係ない奴等がこんな所に?! 何故運命などが有るのです! 人の未来は自らで切り開くモノ! たゆたう川の流れもその激しき流れに岸は削られ流れは僅かながらも変わっていく! 何故未来を束縛するのです!? あなたには未来が見えるのですか!?」
――見える。――
 シュヴェリアは厳かに頷く。
――汝は死神に会う。そして、死を迎える。短い人生の幕を閉じる。それまでに様々の精霊達と巡り会うだろう。だが、その全ては無へと帰してしまう。お前は何も報われない。求めるものを手にすることが出来ない。恐ろしく悲しき運命がまっておるだろう――
 余りの言葉にアリストは何も言えない。
「馬鹿な……何故、何故あなたは僕にその様なことを告げるのです? 何故、僕はそんな過酷なる運命を」
――それは、汝が全てを終えた時に知ること。そして、汝は運命を知りつつもそれに抗うという運命を持っているのだ――
 シュヴェリアの言葉はあくまでも辛辣だ。
「……分かりません。何もかもが」
 アリストはそう言って力無く肩を落とした。
「少なくとも、関係ない奴等が居た理由なら有るわよ」
 突如として女性の声が割り込んでくる。気が付けば近寄る足音が2つ。
「馬鹿な……どうやって!?」
 現れた黒髪の美女と青年――ヘレナとオードを見てアリストは驚愕する。
「魔法使いがあなただけとは限らないわよ」
 そう言ってヘレナは手をかざす。そして彼女の持つ指輪が煌めいた。
「解放されしものを、再び古の彼方へと封じよ! 深淵の翼!」
 瞬間、ヘレナの背に漆黒の翼が現れると同時に、空間に何かの歪みが走った。それは収束し、シュヴェリアの方へと向かっていく。
 だが、それより早くアリストは動いていた。
「我、プリスの名において命ず、精霊らよ、悪しき歪みをあるべき姿へともどさん!」
 アリストが素早く動かした指先よって虚空に描かれた呪印が効果を発揮し、周辺に漂っている無形精霊達が深き『深淵』を包み込み、消滅させる。
「そうか……『封印者』か。合点がいったよ」
 そう言ってアリストは指先を軽くヘレナに突き付ける。
「だとするならば、君は僕の敵だ」


 アリストはその地に何者かによって封印されている精霊を解放するのが目的だ。では、封印する何者かとは誰か?
 答は簡単だ。精霊を解き放つのが人であるならば、封じるのも人だ。
 人は精霊の未知なる力を恐れ、その怒りから逃れるために強すぎる精霊達を封印し、山を切り開き、自らの地を増やしていく。
 だが、精霊が居なければ自然の営みは減退し、川は枯渇し、山は枯れる。だからこそ『幻想』を捨て切れぬドルイド達が再び封印を解く。その永遠のイタチごっこだ。
「気を付けて。彼は君とは違う。荒野より生まれし源流魔法使い。契約を無しに自らの魔力のみで力を行使できる」
 オードは緊張した面もちで言う。
「分かってる。悪意以外と戦うのは初めてだから戸惑っただけ」
 けれど、そう言うヘレナの顔に余裕はない。オードとの契約によって力を間借りしているヘレナと違い、相手は呼吸を行うように自然と魔力を行使しているのだ。
「魔法使い……ね。違うよ、僕はシャーマン。自然と精霊と共に生きる人の有るべき姿だ」
 そう言って彼の前にある虚空に素早く呪印が浮かび上がっていく。
「我、プリスの名において命ず……精霊らよ、疾く風となりて我の刃となれ」
 瞬間、彼の周りを漂っていた何かが真空の刃となって次々とヘレナに飛来してくる。
「脆弱なる我を守れ! 純白の翼!」
 瞬間、彼女の背の翼が白く染まり、ヘレナの体を包み込む。オードはいつの間にか洞窟の壁に隠れている。
「彼の周りを、いや、周りをウヨウヨしているあれは何?!」
「自然現象を『幻想』の世界に於いて具現化した『全意』だ。『悪意』とは違い、ただそこに存在する無害なる存在。『善意』にも『悪意』にもなりうる存在……それが『全意』だ」
 ヘレナの問いにオードが素早く答える。
「違う、精霊(ハスラ)だ。太古より人と歩みし偉大なる自然の担い手! 霊視力を持たない君達には到底理解できないだろうけれどね」
 そう言いながらアリストは新たなる呪印を造り出す。
「我、プリスの名において命ず。精霊らよ、彼の者に凍れる時間を与えよ!」
 言葉と共に青白い何かがヘレナに向かって収束する。
「逃げろ! それは防御できない!」
 オードの言葉より早くヘレナは動く。
「不浄なるものを焼き尽くせ! 紅蓮の翼!」
 彼女の翼が烈火の如く燃えさかり、飛来する氷結晶と片っ端からぶつかり合い、それを気化していく。
「なかなかやるね……」
 そして両者共に更なる攻撃を仕掛けようとした時、それは起こった。
 両者の中間にある何もない空間が突如として斬り裂かれ、その空間の裂け目から一人の青年が舞い降りてくる。
 青年は目を深く閉じ、素早く抜いた刀を鞘に戻していた。だが、いつでも抜刀できる居合いの構えで油断無く身構えている。
――『幻想』を斬った!――
 シュヴェリアが感嘆の声を上げる。それとは対照的にアリストは驚嘆に硬直する。
「まさか! ただの人間が!? 僕の術を切り裂いた?」
「オード!? 彼は!?」
「――洞窟で最初に出会ったフードの青年だよ」
 皆の視線が注目する中、青年はゆっくりと目を開き、辺りを見回す。
「良かった。母さんを斬るのはさすがに迷ったけど思った通り抜け出せたみたいだね」
 ニコリと青年は笑う。その余りにも自然な笑みは逆に悪魔の様だった。
「やあ、みんな面白そうなことしているね。そうそう、名乗り忘れていたね。僕の名は風雅・カトマンズ・スミス。よろしくね」


 アリストは目の前に現れた青年に我知らず恐怖した。彼がかけた術は過去の過ちに出くわし、自責や後悔に囚われ何もできなくする幻だ。それを、いや、幻とは言え、実の母を平気で斬り裂き、笑みを零す相手は一体何者なのか。
 人であるはずがない。人は……過去を想い、優しさを伴い強くなる生き物だ。
 相手は……人ではない。
 そんな驚愕に捕らわれている間にオードはヘレナに話しかける。
「僕が『解放者』を特定できなかったのは彼がアリストと同じくらいの精神力を有していたからだ」
「どういう事?」
 ヘレナは首を傾げる。
「彼は……魔法を跳ね返すだけの精神力を持っているのさ」
 その言葉を聞いてアリストは突如現れた青年――風雅に叫ぶ。
「き、君にはこの精霊達が見えるんじゃないか?」
「精霊? 何それ?」
 風雅はそう言って首を傾げた。
「ただの洞窟があるだけじゃない?」
「う、そ――だ。そんなに力があるのに!? 何で!?」
 その言葉にオードはゆっくりと壁から歩み出た。
「それが、人が幻想を捨てる理由なのさ」


つづく

Part 3》
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